0.02%の金持ちになるには

大半の庶民と何が違うのか

浮気男を探偵から守る裏探偵という神

護身用に警棒、スタンガンを所持しているから万が一への備えはできている。
子どもの頃から格闘技をやっていたし、最近ではスポーツチャンバラも始めた。
私が働く事務所は駅からのアクセスが悪く、その分賃料は抑えられている。
この仕事を始めようとしたきっかけは単に需要があると思ったからだ。
探偵に感謝するクライアントもいれば、探偵を恨むターゲットもいる。
ならば、ターゲットに感謝される探偵になろう。
それだけのことである。




もともとは高校を卒業後、探偵学校に入り、探偵になろうと思っていたが、新規参入は意外と難しく、
いろいろ考えた結果、裏探偵になることを決めた。
世間ではあまり知られていない。
その名の通り、探偵の探偵だ。
狙われているターゲットを守るために探偵の業務を妨害する仕事である。





今日もさびれた事務所のドアをノックする音から私の長い業務が始まった。



「多分、尾行されてます。妻は束縛がひどく、私のスマホをよく無断でチェックします。LINEのやり取りはキャラクターの名前などにして女だと分からないようにして、メッセージがやましいのは削除したりしているんですが、妻が鋭くて。
怖いのは何も言わないんです。
ふつうにニコニコしてて、ご飯もちゃんと作ってくれるし。それがまた怪しく思えてくるんです。
妻、多分、探偵を雇っています」



ラフな格好で現れた男は30代、職業はアパレル関係だと言う。
職業柄、おしゃれをしなければならない分、オフは気が抜けてしまうといったところだろうか。
髭もあちこちに伸びている。



「もう分かってると思いますが、私は同僚と不倫しています。バレるのは時間の問題です。ただ、この関係を崩したくありません。妻は結婚相手としてはいいんですが、身体の相性はイマイチな気がして。
束縛も嫌なんです」


男は必死に自らに置かれた境遇を語った。


うなずきながら聞いていた私は少し頭の中で考えを巡らせた。


「話を聞いた限り、やはり奥さんは探偵を雇い、証拠を抑え、示談か裁判に持っていく算段ですね。
多額の請求をされる可能性も否定できません。
ひとつ、質問なのですが、行為はどこでやっていますか?」


男はまずそうに答えた。

「ラブホテルです」


「ラブホテルですか。正直、ラブホテルは不倫の場としてはあまりおすすめできないんです。入るところを撮られただけで証拠になりますからね。
おかしな話ですよね。ラブホテルで必ずヤるとは限らないのに」


男は黙って私の方を見ていた。


「別の場所でするのは難しいですか?」


「そうですね。相手は実家暮らしだし、オフィスも使えるような場所はないし、、、」

「せめてビジネスホテルにしませんか?」


すると男の表情が変わった。


「それはちょっと難しいです。」


「なぜ?」


「ラブホテルの方が興奮するんですよね」

男は続けた。


「スカトロとかラブホじゃないとできないじゃないですか!」

「それなら多目的トイレでもできますよ?」


「なんかそれは違うんですよね
トイレは排出する場所じゃないですか?そんな場所でやってもあまり興奮しないんですよね。ベッドの上とか浴室とかソファーの上でやるから興奮するというか、、、」



「じゃあ、ラブホテルは譲れないと?」


「はい」


私はこうした相談を受けた際、まずは極力バレなくて、仮に写真を撮られても言い逃れできるような場所でヤれとアドバイスするのだが、彼らにはきまってこだわりがあり、譲歩などしない。
ここで素直に聞くやつは不倫などしないだろう。


私は業務に着手するために男に説明を始めた。

「ラブホテルは譲れないということで、まあ、その前提で話を進めていきます。まず、ラブホテルに入る際は時間差で別々に入ってください。これだけで証拠を抑えられなくなります。でも、あっちもプロなので、相手を尾行したり、行為中の音声を録音したり、ラブホテルの同じ部屋に入るところをそれぞれ撮影したりして突き詰めてきます。だから、私はそうしたことができないように妨害します。
探偵が調査を諦めるまでね」



男は言った。
「費用はどれぐらいかかりますか?」

私は答えた。
「そりゃ、探偵の探偵だから、ふつうより高いよ?
100万。着手金、成功報酬込みだ。前払い。ただし、まくことができなかった場合、成功報酬にあたる50万を返金する」


男は少し悩みながらも最後は書類にサインし、私は現金100万円を受けとった。


「では、有意義な不倫ライフを」









午後9時。
ラブホテル街を車でまわる。
依頼者の男とは私が用意したケータイをあらかじめ渡しており、連絡をとれるようにしている。
もちろん、その保管場所、扱い方も全て説明済みだ。
GPS機能も付いているから逐一確認ができる。
10時頃、ここのラブホテル街に向かうそうだ。
今は、居酒屋で酒を飲んでいるらしい。
位置情報がちょうど繁華街の中心部を示している。



今のところ、探偵っぽいやつらはいない。
ラブホテルのそばにあるコインパーキングなどはほとんどが満車になっているが、誰も人は乗っていない。
一応、全ての車種とナンバーを記録しておく。



ただ、相手側も長い間、探偵を雇い、虎視眈々とその決定的な瞬間を狙っているから、すでに、行動はマークされているだろう。



私の相棒は女だ。
彼女でも妻でもない。
募集をかけた時に来たのがその女だった。


はたから見ればラブホテル街をうろつく夫婦かカップルに見える。




「ちょっと、ラブホテルの駐車場を見てみようか」

そうして私たちはゆっくりと車をラブホテルの駐車場へと進める。
今夜、依頼者の男が不倫するラブホテルは
「ホテルショパンダ」という派手な装飾でガヤガヤしたラブホテルなのだが、必ずしも探偵がその付近にいるとは限らない。隣のラブホテル、向かいのアパート、どこから目を凝らしているか分からない。
私たちはくまなく全てのラブホテルの駐車場に停まる車を見てまわった。
さすがに、ナンバーは板のようなもので隠されていたりしたが、車種は全て網羅している。
そうした作業をしているともう10時になろうとしていた。

「今から向かうのでよろしくお願いします」

男から連絡が来た。
車内に緊張が走る。


そして、私たちは周囲をつぶさに観察しながら車を低速で進める。
おっと、ターゲット発見。









不倫男の奥さんが依頼した探偵業者の探偵



ここまで来るのは決して容易くはなかった。
男の行動確認にはじまり、不倫相手の素性、生いたち、性格など、黒の分厚い手帳にはそうした情報がびっしり詰まっている。
新川まさるは相棒の金沢りんを助手席に乗せ、男が泊まるラブホテル「ショパンダ」の目の前のコインパーキングに車を停めていた。
今日、男と不倫相手の女がラブホテルに出入りする瞬間を撮影すれば調査は晴れて終了となる。
前回も実はチャンスがあったのだが、なぜかラブホテルに現れることはなかった。


尾行に使用する車はプリウス
これなら街中に溢れかえっているし、違和感がない。

「そろそろ行きますね」
金沢が一言、そう言って車から降りた。
男らが別々に入ることを想定し、あらかじめ、女である金沢をラブホテルショパンダに入れておくのである。そして、男と不倫相手の女が同じ部屋に入るところを撮影できれば、たとえ時間差で別々だとしても十分、不貞の証拠になる。
判例は刻一刻と変わるから撮れるだけ撮っておけ、どんな些細なことでも、と語気を強める所長の顔が浮かぶ。


私は男らがラブホテルに入る瞬間を撮影する役割だ。
男が一人で入ろうが一応、シャッターは切る。


金沢から連絡はない。
私は缶コーヒー片手にショパンダの出入口付近を眺めていた。
すると、目の前を灰色のデミオが通りかかった。
車内には男と女。カップルか。
でも、やたらと私の方を見てくる。
私が出ようとしていると思って、そこが空いたら駐車しようとしているのだろうか。
コインパーキングはどこも満車だし。



しかし、その車がまた私の目の前をゆっくりなで回すように不穏な空気を漂わせながら通り過ぎた。


「何かおかしい」
探偵の勘が働いた。


「おい、金沢、ターゲットはまだ来てないが、そっちはどうだ?準備万端か?」

金沢が答える。

「任せてください。廊下からあえぎ声がモロ聞こえるぐらい薄い造りですわ」

「そうか。なら安心だ。任せたぞ」

そう言って私はトランシーバーを助手席のシートに置いた。
コンソールにはいろんな無線機やカメラなどの細くて黒いコードが複雑に絡まり合っている。
男女の定めのようだ。



1時間後、ようやく、男がラブホテルショパンダに入って行った。

「金沢、ターゲット1名入室な」

「了解」



「やっぱり時間差で別々に入る作戦だな」


周囲を静かに観察する。



15分後、1台の乗用車が現れた。

「うん?待てよ。さっきのデミオ?いや、でも乗っているのは、、、」


車内を見ると、さっきと同じような灰色のデミオなのだが、助手席に乗っている人だけ違う。
そして、よく見ると、それは男の不倫相手の女だった。


「どういうことだ?なぜ違う男と車に?そしてさっき助手席に乗っていた女は?」

頭が混乱した。
私はすぐさま金沢と連絡をとり始めた。

「一応、不倫相手の女が確認できたのだが、違う男と車に乗っている。友だちかな?ちなみに、男はどの部屋に入ったんだ?」


「512号室です。エレベーターのすぐ隣です」

金沢は続けた。

「男友だちが女を男の待つラブホテルまでご丁寧に送り届ける?なわけあるわけないじゃないですか!


しかし、その車は、送り届けるのではなく、ラブホテルショパンダの駐車場に入り、二人で仲良さそうに腕を組み、まるでそれを見せつけるかのようにラブホテルに入って行った。


すると、金沢から連絡が入った。

「今、手を繋いだ男女がエレベーターから出てきて、その内の女の方だけが男がいる512号室の部屋に入って行ったんですけど。そして、手を繋いでいた男の方はそれを見届け、なんか飲み物買ってくるとか言ってました」


「おい、金沢、男が入った部屋を間違えたんじゃないか?多分、その不倫相手の女、その男だけじゃなく、他にもたくさんの男と関係を持っているんだろう」

そんな仮説が頭に浮かんだ。

「今日はもうダメだな。しかし、男も用意周到だな。カモフラージュのために、一人でラブホテルに入って探偵の目を欺こうとするなんて。探偵を舐めてるな」


金沢が車に戻ってきて、私は静かにコインパーキングを後にした。




裏探偵と依頼者の男



「私と女性がカップルを装い、先に女性だけ誰もいない部屋(実は依頼者の男がいる部屋)に入ったかのように見せかける。こうすれば、さすがの探偵も見間違えだと判断するだろう。先に入室した男が神隠しでもしない限り。
行為が終わり、部屋を出るときは、まず、私がその部屋に入り、30分ほど待機して、女性と二人で行為をして出たかのように装う。
その間は部屋で静かに待っていてほしい。
そして、私にはもう一人、女性の裏探偵がいる。その裏探偵が相手側の探偵を監視しているからその探偵たちがあきらめて退散した後に、ホテルを出てくれ。これでバレることはないだろう」


そう言うと、依頼者の男は感謝の言葉を述べた。



計画通り、相手側の探偵たちはコインパーキングから出て、暗い闇に消えて行った。