0.02%の金持ちになるには

大半の庶民と何が違うのか

君のいいねは捨てられない

マッチングアプリで出会った彼女とはすんなり会えた。居酒屋で食事をし、広島に旅行に行くことまでその日に決まった。会話のフィーリングも合うし、音楽が趣味というのも同じだ。

 

彼女は保育士をしていて、職場での不満を漏らしていた。「子どもは好きなんですけど、事務処理とか人間関係がややこしくて」と。

 

そんな話を聞きながら、ホテルは彼女が手配し、車は僕が出すことに決まった。

 

マッチングアプリで初めて会えた異性。

その嬉しさは計り知れない。だが、彼女はふくよかだった。悪く言えば巨漢だった。

 

居酒屋の前で待ち合わせた時、彼女はそこに立っていた。黒のジャンパーに黒のジャージのようなズボン。化粧っ気もなく、体格はふくよかだった。

 

僕は彼女に対して性的魅力を抱こうと努力した。彼女が居酒屋で愚痴をこぼしている最中に彼女の瞳、唇、胸に目をやり、セックスができそうか、すなわち興奮できそうか判断していた。頑張れば旅行先のホテルでその気になれるかもしれない。その時はそう感じていた。

 

「また明後日」と言って僕らは別れた。アプリで車を予約して、その日までにさらに身体を絞った。朝からランニングを1時間ほどこなし、お風呂上がりには美肌パックをして、当日に備えた。

 

洋服はZARAの黒ジャンパーに黒のパンツを合わせ、シンプルイズベストに努めた。

 

待ち合わせ場所はJR沿線の駅の南口。

「よく路上ライブしてるところあたりに着きました」と彼女からラインがあった。

「すぐ近くのファミマの前にいるよ」と返信した。

 

彼女がスーツケースを転がしながら車の前まで現れた。

少しばかりか期待していた。多少は痩せているだろう。化粧っ気が生じ始めているだろう、服装に気を遣い始めているだろう、そのどれでもいい、僕は期待していた。

しかし、彼女は以前よりむしろ太っていた。そして、同じ黒のジャンパーに黒のジャージのようなズボンをはいて、化粧っ気も全くなかった。そしてこちらを見て少しニコッと笑っているのが不快に感じた。

 

彼女が後部座席のドアを開け、スーツケースを入れた。そして、助手席に座った。

 

「お仕事お疲れ様」と僕は声をかけた。

 

「今日は定時で上がりました。そうしたら同僚に嫌な顔をされました」とつぶやいた。

 

同情心は抱けない。僕はナビを入れて車を発信させた。高速に入ると彼女はいびきをかきながら眠り始めた。彼女の肩幅が広いことに気づく。

 

真正面を向いていても僕の左目まで入ってきそうなほどに隣に座る彼女の横幅が広かった。

そして、暖房をオフにしているのに、とても暑く、汗が滲んできて僕は窓を少し開けた。隣に聞こえない程度のため息を開けた窓の隙間に漏らした。

 

「あまり食べないんですよ」と彼女が居酒屋で話していたことを思い出した。なのに彼女は太っている。それが腹立たしく思えた。

 

車を運転しながら何度も考えた挙げ句、彼女とは寝れないなと感じ、目的地に着く直前、1部屋しか取っていなかった部屋を2部屋にできないか寝起きの彼女に車中で提案した。

 

「お互い緊張して眠れなくてもあれだし、部屋2部屋に変更できないかな?」

 

「私も迷ったんです」と彼女は言った。

 

実は居酒屋の席でホテルの部屋をどうするか話していた時に僕が「1部屋」にしようと言っていた手前、なんだか申し訳なく、気まずくなって、お詫びにコンビニでデザートを奢ることにした。

 

 

チェックイン時、幸い、部屋をもう1部屋取れて、僕はまず彼女の部屋に入り、一緒にコンビニで買ってきたドリアを食べた。部屋はダブルだった。ちょっと可哀想だと思ってしまった。

 

僕が食べ終わる頃、彼女は「まだ時間かかるからもう出ていいよ」と言いながらスイーツのカップを自身の手前に寄せた。なんとなくいじけているようにも感じた。でも僕は気づかぬふりをして「ゆっくり休んでね」と言って部屋を出た。

 

1個下の階の自分の部屋もダブルだった。ベッドに横たわりながらアルバイト先の可愛いD子ちゃんと一緒ならどれだけ楽しかっただろうと思った。同時に1個上の階にいる彼女のことが腹立たしく思えてきた。

 

これだけ絞って美肌パックをして、オシャレして一緒に旅行に行く相手がこんなおデブさんだからだ。

 

どう考えても釣り合っていないと感じた。

 

1000円のりんごに10000円を支払っているような感覚だった。

 

どうせなら、1000円のりんごを1000円以下で買えるような恋愛がしたいと思った。

 

 

彼女とはもう無理だ。この旅行を最後にもう会うことはないだろう。

 

こんなふくよかな人とホテルに一緒に入って、街中を歩いて一緒に食事をする。いろんな人に見られていろんな憶測が飛び交っていたかもしれない。

もう恥も変なプライドもなくなった。これからはどんな美女に対しても直球ストレートでアタックできそうな気がしていた。仮にデートの誘いを断られても「あのふくよかな彼女と一緒に出歩くよりはマシだ」と感じられることだろう。

 

僕は彼女と出会えたことに心から感謝した。彼女がそれをもたらしてくれたのだから。

 

彼女には幸せになってほしい。そのためには今、この関係が終わることが1番だ。

 

そして彼女に気づいて欲しい。そう思った。もっと、魅力的になっていい男性と出会ってほしいと。

 

 

 

ソロラブホテル

フロアに流れるBGMが室内に響く喘ぎ声をかき消すなどと誰が信じたのだろう。それともBGMが二人の間にロマンチシズムなる思想を取り込み、仲を深める手助けをするというのだろうか。理由は分からない。それはともかく部屋に備えてあるテレビの電源が入らないのだ。1人で来たとはいえ、あまりにも理不尽すぎる仕打ちだ。何度、リモコンの電源ボタンを押しても付かない。従業員が室内に入るための口実を仕掛けたのだろうか。

 

今宵は土曜日だというのに静かな夜だ。まるで誰もいなくなったクリスマスの夜のよう。雪も降っていないしむしろ夏だというのに。BGMの中で歌う女性ボーカリストも無観客の夜だとメンツが立たないだろうに。どうか助けてあげてほしい。人々はどこへ消えたのだろうか。土曜日の夜はラブホテルでセックスをするのがお決まりではなかったのか。

 

フロアに響くもう1つの音。従業員の清掃の音だ。ガヤガヤと1番喘いでいる。立派なものだ。汚れはしっかりゴシゴシしごかないと取れないから。

 

私がなぜ一人でラブホテルに来ているのか。それを従業員が喉から手が出るほど知りたいとしても教えることはできない。もちろん、従業員が仕掛ける生半可な駆け引きになびくほど未経験ではない。従業員にとってのこの得体のしれない初体験はよく分からないまま終わるだろう。

 

隣の部屋から聞こえたやるせない喘ぎ声と、もう一方の部屋から聞こえてきた野太い声の男性の「慰謝料」や「別居」という話し声。その度に女性が反論か提案か分からないような調子でやや感情的に話している。それを男がうんうんと聞いている。

 

まるで白熱する法廷だ。たが、1つ違うとすればそれをジャッジする者が不在だということだ。それがゆえに女性のトーンもヒートアップし壁を突き破りそうな気配さえある。

 

私は、両者の声に壁越しに耳を傾けていた。

 

公平なジャッジを下すにはまだまだ情報が足りない。論証が足りない。だが、どうやら男は不倫の証拠を握られたようで、その対応に迫られている被告だということを推認できる。彼は悪あがきをするつもりはないらしい。せめてもの情状酌量を、と。

 

一方で、彼女の方は納得できていないようだ。男に対して不満がある。それは声のトーンから見て取れる。

 

彼の態度からし実刑は重すぎる。執行猶予はつけて差し支えないだろう。だが、時折、男が笑うのだ。ふざけているのかと思うぐらいの笑い方をするのが少し気になる。あなたは不倫の当事者じゃないのか、と言いたくなるぐらいに。それとも笑うことで現実逃避を図ろうとしているのか。いずれにせよ心象は悪くなる。

 

でも、なぜその議論をラブホテルでしなければならないのだろう。当初はそんなつもりはなかったのにそうなってしまったのだろうか。

 

話がまとまる気配もないし、ジャッジを下す者もいっこうに現れない。

 

夜明けにはまだまだ程遠い。そして壁越しでもクリアに聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生における不幸に見せかけた「幸い」

おそらく、彼らにはその時、目の前にあるタイタンに乗らないという選択肢はなかったのだろう。3500万円のお金を支払ってまで成し遂げようとしていたことなのだから。たとえそれが彼らにとって大した額ではなかったとしても。

海底に眠るタイタニック号を間近で見たい、その一心だったことだろう。

 

僕は、このニュースを見て深海に興味を持った。人間を破壊するほどの水圧が迫る世界にはどんな景色が待っているのだろうとユーチューブで「深海」と検索して出てきた動画を見たりもした。

 

彼らもまた、海に魅せられ、深海に興味を抱き、タイタニック号に辿り着いた。でも、そんな魅力的なものに近づいて夢中になった結果、大切な命を失った。

 

今、あなたの目の前に魅力的な人がいるとする。

その人に恋をし、一緒になりたいと願う。

でも、その先に待っているのは絶望かもしれない。

 

別れを告げられたり、失恋したりするワンシーンだけを切り取れば、それは不幸だ。でも、それがなければ待ち受けていたであろう絶望を回避したと考えればそれほど悲しくはなくなる。

 

タイタンに乗り込む前にもしCEOが「今日は天候が悪いため中止にします」と言っていたら、富豪や冒険家は落胆していただろう。とんだ不幸だと。裏切られた気持ちになっていただろう。

 

でも、それが「死」という絶望を回避するための不幸に見せかけた「幸い」だったとすれば、何の手土産もないまま海に浮かぶタイタンを背に家路につくこともそれほど悪くはなかっただろう。

 

 

 

 

 

都心陰部 

       

         都心部

 

 

旅行予約サイトにはバツ印があったから、その日は満室なんだと諦めていた。しかし他の宿がしっくり来ず、ダメ元でその満室であろう日にちを電話でその宿に直接問い合わせてみた。

「宿泊したいのですが、○日はもう満室ですよね?」

最初から諦めたトーンで尋ねたのがかえって何らかの力を呼び起こしたのか、あっさり予約が取れた。

「どちらからお越しになられますか」と聞かれたので「○○」と都市名や地区名は言わずに都道府県名だけで遠慮ぎみに答えた。

        

         田舎

 

当日、僕はMAZDA2を都心から走らせ、その温泉宿がある県に昼には着いた。エンジンの回転数を上げたままできるだけ走りたい僕は、3速ぐらいでずっと走っていたように思う。ひとまず道の駅でアイスクリームを食べて、街を散策。観光客が多い。スーツ姿の男性も歩いている。いつのまにか京都みたいになっている。あの廃れた感じが薄れるのは少し寂しい。でも、お金がまわるのは地元の人にとっては嬉しいことなのだろう。いや、所詮は一過性のブームとしか思っていないのではないだろうか。どうせ忘れられる。使うだけ使われてあとは捨てられる。

 

 

チェックインの時刻が迫ってきていた。なるべく時間ちょうどに着きたい。僕は宿の住所地をナビに入れ、道の駅のパーキングから車を発進させた。

 

片側一車線で視界は山と川。土砂崩れを防ぐためか予算の都合上かよく分からないが、工事をしていて停止を求められる。緩やかなカーブが続く先に現場作業員が立っているのだ。そして、前方にはショベルカーが活きのいい蟹のように踊っていた。現場作業員は、少し険しい表情の野性的な小太りの印象だった。かなり日焼けもしている。僕は余計なストレスを溜めぬよう音楽を聴きながら無になろうと努めた。

 

しばらく走っていると宿の案内板が見えてきた。もうすぐだ。でもそこから峠道が待ち受けていた。どうやらそこが最後の関門らしい。でも、峠道はむしろ僕の得意とするところだ。同乗者がいると遠慮したくなる道ではあるが。

 

走り屋の喜びそうなくねくねした峠道をおそらくは1〜2キロ走ってようやく宿の前に着いた。

 

木造建築の古びた家みたいな旅館である。すぐそばにあった砂利道の駐車場に車を停めて、おそるおそる宿の中に入った。玄関には誰もいない。限りなく一軒家の玄関に近い。閑古鳥が鳴いている。満室が嘘のようだ。従業員さえ見当たらない。どうしたのか。

 

「すみませーん」と声を出してみる。応答はない。もう一度「すみませーん」

 

応答がない。しかし、直後にバタバタと階段を降りる音が聞こえた後、30代半ばのふくよかな女性が受付窓に現れた。メガネをかけている。オタクっぽい。

「予約していた○○です」

「お待ちしておりました。こちらにご記入お願いいたします」

接客は慣れているようだ。でも、とてもラフな服装だ。白いパーカー?のように見える。

言われるがまま、宿泊者名簿のようなものに名前などを記入すると、客室に案内された。

 

「お食事は何時頃にいたしましょうか?」と聞かれたので18時でお願いしますと言った。

 

お茶菓子もない。質素な宿だ。年季の入った畳の客室で、大きな四角い窓からは川を見渡すことができる。まるで雨音のように窓を閉めていてもはっきり川の流れる音が聞こえてきた。

 

 

1人の時間が流れていく。眠りについてしまいそうなぐらいに川の流れる音が乳幼児期に聞いたであろう子守唄のように僕の耳の中に自然に入ってくる。それ以外何も聞こえないので無音よりも静かな気がした。

 

少しばかりのリラックスをした後、男湯に向かうと誰もいなかった。貸し切りだ。客室が川の流れる音しかしないなら、大浴場は湯の流れる音しかしなかった。

 

かけ湯をし、ゆっくりと湯船に浸かると身体全体が包み込まれるような感触になった。そして、湯気がスモークのように浴場全体を覆っていた。温かい美容液のような温泉で気持ちいい。無色透明で微かに硫黄の匂いも漂う。温度もちょうどよかった。

 

このままずっと浸かっておきたい。だが、のぼせないうちに風呂をあがり、客室に戻って、川の流れる音に耳を澄ませながら短編小説を読み始めた。

 

 

 

18時ちょうどになり、誰かが部屋に入ってきた。今度は年配の女性でこの宿にふさわしい感じの何の違和感もない女将らしき人が料理を運んできた。待ちに待った夕食は川魚や山菜を使った会席料理で、だしをうまく使っていて美味しかった。ご飯をおかわりする際「おいしいです」と言うと笑って喜んでいた。

 

食後、女将は手早く布団を敷いて客室を出て行った。僕は少し休んでから温泉に浸かり、客室に戻って、読書を再開した。2話目を読んでいる。外はすっかり暗くなり、川の流れる音もどことなくナイトモードに移行したような気がした。

 

本を閉じ、自分も何か書けそうだとスマホを開いたが、何も書けないぐらいに無になっていた。むしろ、スマホブルーライトさえ煩わしい明かりとなっていた。いっそ、この温泉宿にいる間はスマホを見ないようにしよう。そしてそのまま僕は布団の上で眠りについた。

 

だが、翌朝目を覚まし、ふとスマホを開くと彼女からラインが来ていた。「○○日、会いたい」

 

今はそんなメッセージすらいらないのに、こういう時に限って来るのが不思議だ。女の勘が働いたのだろうか。一人で来ているのに。

 

だいぶ先の日程を提示されているのにそれが今来るなんて女の勘が働いているとしか思えない。僕が女と浮気旅行に来ていると勘ぐっているのだろうか。または振られることを恐れているのだろうか。そして、その担保のためのデートのリクエストなのだろうか。

 

返事をどう返そうか考えながら朝食を食べ、温泉に浸かり、宿を出た。こういう風にせっかく無になっている時はたとえ大好きな彼女だとしても返信する文面を考えるのすら煩わしくなってくる。逆に普段の日常では何も考えずに過ごすことがいかに困難かということを思い知った。それはつまりストレス(雑音)に苛まれているということだ。都会で鳴り響く雑音はライブハウスの爆音ロックなんて比にならない。でも僕らはそこで生活している。もはや麻痺しているのかもしれない。ひとまず返信は都心部に戻ってからすることにした。

 

1泊滞在している間に僕以外の宿泊者とすれ違うことはなかった。隣の部屋から声や物音が聞こえてくることもなかったし、会ったのは全て従業員だった。

 

 

チェックアクトの際、受付のふくよかな女性が玄関先まで見送ってくれた。ここで寝泊まりしているのだろうか。規模の小さい旅館だし、朝清掃に来た40代ぐらいの細身のシングルマザー風の女性も朝食会場にいた40代ぐらいの職人気質の小柄の男性も、昨日の夕食時の女将と思われる女性も皆家族なのかもしれない。家族経営の旅館なのだろう。そう勝手に推測した。そして金庫番のふくよかな女性が実質的な経営者であり、少なくとも家族の中で最も権力を握っているのかもしれないと思った。そう考えるとふくよかなのも納得がいく。お父さんは多分すでに他界していてその奥さん(夕食時の女将)や子どもたち(受付のふくよかな女性ら)が受け継いだ形なのだろう。商売っ気もないし、変に張りぼてでもなく、質実剛健な経営をお父さんはしていたんだろうと想像した。そして、それがきちんと自然な形で守られている。ビジネス臭のする街や旅館とは無縁だった。

 

そんなことを思いながら僕は旅館を後にした。名残惜しい気持ちと寂しい気持ちと懐かしい気持ちが混在した。この旅館はたった一泊で見知らぬ土地を僕にとってのふるさとに変えた。

 

     

        都心陰部

 

 

気がつくと僕の顔面は彼女の陰部の前にいた。周囲は熱帯雨林のように高湿度に保たれていて、ほっそりとした短い線のような肉の割れ目が視界の中心に佇み、その割れ目に沿って申し訳程度に陰毛が生えている。湿度の高い環境で育った生で食することができる新興ブランドの肉だ。僕はそのブランド肉にあらかじめシェフが入れたであろうその割れ目を指でさらに開いてみた。すると表面の肉とは打って変わり、照り焼きのように光沢のあるふっくらとした赤身が顔を覗かせた。透明で少し粘土のあるソースをまとっている。僕はすぐにそれにかぶりついた。匂いは一見すると無臭。でも、何回も鼻で深く吸っていると微かにレバーのような生々しい香りが漂ってくる。僕は内部のその派手な赤身を何度も嗅いで吸っていた。深く吸っていると穏やかな気持ちになれる。タバコとかシーシャなんて比にならないぐらいに。

 

 

あとは流れ作業。目新しいものは何もない。あるとすれば最近は彼女の方からよく求めてくるということだろうか。「いっぱい奥まで突いて」とささやいてきたり、ベッドで密着正常位で抱きあっているとふいに強く抱きしめてきたり。

 

「おねだりは?」「いっぱい奥に出して」

 

そうおねだりされたら支払うようにしている。神聖な精子だ。なりふり構わず出すわけにはいかない。希少価値が高いからだ。そのへんの男のそれとはわけが違う。遺伝子レベルで、染色体レベルで根本から作りが違う。それを一番気持ちよく絞り取ってくれる可愛くて優しい彼女の奥にたくさん出そう。

 

暴れる陰茎と伸縮を繰り返しながら激しく鼓動する互いの心臓と大きく揺れるひとつになった男女の裸体。その間にすき間はなく上昇した体温と汗で満たされている。裸なのに裸ではないみたいにすべての露出した部分が相手の肌や粘膜、水分によって覆われている。そして、ベッドの上で腰を動かしているのにその身体が天井に当たりそうになっている。こんなにもベッドの上で上下にバウンドするのか。彼女は一切緩みなく身体全体で僕にしがみついていた。ふつうの女性は膣だけで受け止めようとするが、彼女は身体全体でどこまでも付いていって、どれだけの衝撃も受け止めるという意志の強さが感じられる。どうやら彼女は僕の射精を身体全体で受け止めるつもりらしい。そんなことしたら僕自身狂って壊れてしまいそうだ。でも、気持ちよすぎてもはや腰の動きを止められない。言語が発達してなかったころの原始人のように「あーあー」息を漏らすことしかできない。本当に馬鹿みたいに。でも、精子はすぐそこまで込み上げてきている。そして、本能が溜めに溜めた精子を思いっきり大量に出してやると叫んでいた。彼女の子宮を真っ白でトロッとした精子だけでタポタポに満たしてやると。腰の動きはさらに加速し、互いの喘ぎ声もシルキーシックスのエンジンが上まで際限なくまわっていくときのような躍動感に満ち、やがて射精に至った。

 

 

 

残念だが、この瞬間ばかりは文字にすることも噛み砕いて説明することもできない。とにかく気持ちよすぎるということと、わけが分からなくなっているということだけだ。

 

陰茎の根本からまるごと持っていかれそうなぐらいに彼女の陰部はある種の吸着力を備えていた。路面に吸い付きながらコーナーを突破するドイツ車のように。ちょうどいい体温とちょうどいい湿り気で優しく全体を包み込み、変に締めつけたりせず、かと言って緩いわけでもない。数の子天井とかぱっと命名できるような単純な名器ではないと思う。これは何度もセックスをする中で僕の陰茎を彼女の陰部が精密に形状記憶した結果だろう。僕の陰茎に最も適した膣の形状に彼女はなっているのだ。彼女のそれは僕のそれを受け入れるためだけに存在している。僕を受け入れるためだけのオーダーメイドの唯一無二の名器。僕にしか感じられない名を持たない器なのだ。これまでも、これからも。運命とはそういうもの。最初から最後まで決まっている。

 

これ以上振れないというほどに激しく腰を振って、彼女の裸体をベッドに叩きつけるようにすると、白いシーツはまるでトランポリンのように上下にゆらゆらと揺れだした。だが、いくら揺らされても彼女は微動だにしない。定位置からズレたり離れたりもしない。ただただ僕の陰茎に身体全体で食らいつき、1ミリたりとも離れないようにひっついている。それだけ僕の貴重な精子を自分の中にある奥めいた場所でしっかり受け止めたいという意志の表れであろう。一滴たりとも残さずに。

 

射精によりどっぷりと奥の奥に突っ込んで出した陰茎は非常に敏感になっていて、いまだ彼女の中で小刻みに脈打っている。それが収まるのを待ってからゆっくり引き抜いた。引き抜く時は改めて奥に突っ込んでから。ゆっくりと彼女の湿った膣内にある無数のひだを確かめるようにしながら。

 

くたびれた陰茎が白い精子をまとわせながら地上に帰還した。まるでどこかの小さな島に不時着したセスナ機のように行き場を失っている。だが、同時にすべてを出し切った背徳感に包まれている。これ以上何もいらない。最大限の快感だ。

 

僕は倒れるようにベッドに横になり、ただただ呼吸が落ち着くのを待った。水分を補給し、自分は生きているんだと自覚する。もう当分セックスはいい。横で寝そべる彼女もただの人間に思えてくる。陰茎がなくてその代わりにふっくらと出っぱった肉の割れ目があり、その割れ目に沿って毛があり、脂肪がなぜか胸によくついている男にさえ思えてくる。

 

呼吸が落ち着くと、ハグしたり撫で撫でしたりして時間を共にした。悲鳴のような喘ぎ声も天井や隣の部屋に届いていただろう。恥じらいを失う激しすぎるセックスだ。または、恥をさらすことで余計に興奮する性行為だ。とにかく頭はスッキリしているのに物理的な力があまり出ない。

 

僕と彼女とのセックスは、挿入するというよりは、1本の固い陰茎で彼女の身体全体を突く(つつく)と言った方が正確かもしれない。つつくごとに彼女は高くておさなげな喘ぎ声を吐息のように漏らした。そして最後は僕の陰茎も彼女の身体に同化して一つになっていた。

 

彼女は女の子が欲しいらしい。僕も女の子が欲しい。でも、産み分けられるわけではないし、男の子だからといって悲観するのもいけない。でも、女の子を作るためにセックスしていると思う方が興奮する。女を生成するために女を犯す。でも、女が産まれてもその女が男に犯されると考えると、どっちもどっちな気もした。反対に男が産まれてもその男が将来数々の女を犯す可能性を秘めていると考えるとそれはそれでわくわくしてくる。

 

         田舎

何もないのが心地良いと思えるのは田舎ならではだ。何も作らない。何も産み出さないから無用な音がしない。無用な音がしないから本来、人間が聞くべき音を感じ取ることができる。そして、それは人間にとってごく自然な音だからストレスにならない。むしろストレスを緩和してくれる。そして、ストレスがないから争いが起こりにくいし奪い合いも起こりにくい。むしろ分け与えようとする。余計なものは作らない。量産しない。都会のアンチテーゼ。

 

      

        都心部

ホテルでの会食には必ずロレックスを着けてマウントを取ろうと考えていたのに、結局カシオを着けて行った。BMWも地下駐車場に置いたままだ。情けない。宝の持ち腐れだ。ロレックスを着けてロビーで見せつけてやろうと思っていたのに。食べるときにロレックスのことばかりが気になって集中できなくなると思って着けていくのをやめた。過保護だ。

 

 

会食はコース料理で、メインには湿度の高い環境で育った生で食することができる新興のブランド牛のソテーが出てきた。シェフがあらかじめ入れたであろう切り込みにナイフを入れ、さらに開くとふっくらとした光沢のある赤身が顔を覗かせた。僕はそれにかぶりついた。噛めば噛むほどに味わいが広がり、ほのかにレバーのような独特の臭みが舌を駆け抜けた。香ばしさも感じられる。

 

 

会食を終えホテルの駐車場を出ようとすると、自分の車のバックミラーにベントレーが映し出された。ベントレーはバックミラーに映し出す画角から1ミリたりともズレずに存在し、それは国道に出ても変わらなかった。つまり、そのベントレーは僕の背後に付いて離れなかったということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無になれる場所

気がついた時には真っ暗な視界が僕の前に広がっていた。正確に言えば真っ暗なのに横に誰かが笑っているような感触さえあった。僕は起き上がろうとするが全く身体に力が入らない。誰かに身体を押さえつけられているわけでもないのに。突然怖くなった。自分の身体が全く動かないことに。僕は内心パニックになっていた。もしかすると横で笑っている人に毒でも盛られて僕は動けなくなっているのではないかとも考えた。だから、横にいる人を見ようとしたのだが、依然として身体は動かなかった。手も足も同様に。どうしよう。僕にはまだやり残したことが山ほどあるのに。ここで終わるなんて納得できない。誰か助けてくれ。

 

 

突如まぶたが開いて僕は布団から起き上がった。呼吸が明らかに荒くなっている。でも、ほっとした。身体もしなやかに動く。どうやら金縛りにあっていたようだ。特にストレスを強く感じながら生活しているわけでもないのになぜ金縛りが起こるのだろう。

 

 

父が、人は死んで心臓が止まってもその後4分間は意識があるから怖い思いをするだろうなと言っていたが、まさにあの金縛りのような状態になるのだろうか。全く身動きもできないのに意識だけがあってどうしようもなくなって、心臓が停まったもんだから酸素も行き渡らなくなって、もがき苦しむという。

 

そんなわけあるだろうか。最後の死がそんな風であるならば真っ当に生きた人にとっては酷すぎる。そんな理不尽なことがあるだろうか。

 

でも、父は持論を全くもって譲らなかった。ソースも明らかにしないくせに。

 

 

人生なんて最後は結局、「死」なんだ。

 

最後は灰になって骨が残る。無になる。産まれる前がそうであったように。

 

産まれてくるとは残酷なものだ。少なくともこの世に、この両親のもとに、この家系のもとに産まれたいと意思表明した記憶はない。

なのに、セックスしたら妊娠するという明らかな確信犯(両親)が無であった僕を引き連れた。僕には何の権限もない。でも、両親には避妊という選択肢もあった。なのに僕を誘拐し、こんな残酷な世界に強制的に引き連れた。そしてしたくもないことをやらされ、競争の波にさらされ、欲望だけが膨らんでいく汚い世界を生きるはめになった。

 

無は無のままでよかったのに。

 

 

 

僕がたまに帰りたくなるふるさとには何もない。まさに無だ。でも、人々は何かを無理して作り出そうとはしない。自然のままにありのままであろうとしているように見える。

 

僕が暮らす都会には何もかも詰め込みすぎたんだ。産み出しすぎたんだ。量産し過ぎたんだ。ありのままを変えすぎたんだ。

 

 

帰りたくなるふるさとには何もない。静かな時間が流れているだけだ。

 

欲望のままに生きてても疲れる。

競争の波にさらされていると疲れる。

 

日本は素晴らしい。そんな場所があるのだから。

僕はそんな「無」になれる場所にできるだけいたい。そうすれば自然な感じでいたって穏やかに無になれると思うから。

 

中目黒サイレンセックス3

彼女は明らかに愛着障害だ。少なくとも幼少期に存在を肯定されて育てられてはいない。そのツケが今、恋愛において表出してしまっているのだと思った。つまり、承認欲求不満な状態なのだ。おそらく対価なき無償のいいねが欲しいのだろう。見返りのある愛なんて彼女はもはやいらないのだろう。つい最近までは見返りのある愛に支えられていたくせに。彼女はなんてわがままなんだろうと思った。しかし、見返りのある愛をたくさん受けたからこそ、今、その虚しさに直面しているのだとも言える。

 

いつものシティホテルは祝日だと満室に近い。白いシーツのダブルベッドとデスク、チェアがあるだけのシンプルな部屋が一番落ち着けたりする。だから好んでこのシティホテルのダブルルームをとっている。そこでセックスをして男はすっきりして女はいろいろ考えるのだろう。射精後にベッドに横たわっていると彼女は隣で仰向けになり何もない白い天井をぼーっと見つめている。何も語らないけど、どこか現状に満足していない様子をうかがい知ることができる。このまま私はセックスだけの関係なのか。飽きられたら捨てられて終わりか。そんな風に考えているのかもしれない。見返りのある関係は見返りがなくなれば(飽きれば、気が変われば)終わってしまう関係だ。彼女はそれを誰よりも敏感に察知し、分かっている。幼少期の愛着障害は彼女の人を見る目(本質)を誰よりも光らせているのかもしれない。

 

僕が彼女から投げかけられているのはきっと無償の愛だ。ヤるために連絡するとか、すっきりした後に「好きだよ」って言うのではない、見返りを求めない愛なんだ。彼女はそうした愛に飢えている。見返りのある愛では足りなくなってきたのだろう。

 

 

僕は彼女の求める無償の愛を満たしてあげるために出会ったのかもしれない。

 

 

シティホテルを出て、夕方の路上を歩く。電車に乗るには運賃を求められる。レストランに行けば飲食代金を支払わねばならない。

無数のビルがひしめき合い、高速道路の入口や出口が案内標識を見てもわけの分からないような形状で待ち構え、無数の自動車やタクシーが走行している。通行人はみな無表情に見える。個性を出せばそこで終わりなゲームをしているかのようだ。でも、これだけたくさんの人や情報で溢れている都会なのに、ビルに反射する夕日は何の見返りも求めない無償のサプライズだ。そんな夕日に視線を奪われてしまうのはきっと自分も無償の愛を求めているからだと思った。

ドクターフィッシュ

雨が降っていると決まって自律神経が乱れる。頭痛がするか、憂鬱になるかのどちらかだ。こんな日は何のやる気もアイデアも出ないからおとなしくすればいいのに何も考えないということができない。いろいろ良からぬことを考えてしまう。

 

 

 

彼女が僕のモノを口で咥えている時も終始落ち着かなかった。ほどよく唾液をまとわせながらジュポジュポと軽く音をたて、上下にストロークする。そして、変化球を彼女は投げてくる。だから落ち着かないのだと気づいた。

彼女は僕のモノを口で覆ったまま舌先を駆使しながらペロペロと小刻みに亀頭の下あたりをドクターフィッシュのようにつついた。

これがとても気持ちよくてゾクゾクする。

生温かい口内に包まれた僕のモノにドクターフィッシュがツボを刺激しにくる二刀流は彼女にしかなし得ない技だった。

 

イク時にそれを告げると彼女は「キテ」と言う。もう一人のセフレは「イッて」と言う。

そして本命彼女は「いいよ」と言った。

 

どれが一番好きかと言われるとどれも好きだ。みんな僕が「イクよ」ってささやいた後に多少の間があってそれぞれのセリフを口にする。かろうじて言うならこの間が好きかもしれない。

「いっぱい出すよ」って言って「いっぱい出して」ってオウム返ししてくれるのも好きだ。

 

ビジネスホテルの薄い壁に喘ぎ声が響いている。子犬が吠えているようにも聞こえる。

精液を子宮の奥に配達中です。