0.02%の金持ちになるには

大半の庶民と何が違うのか

告白8ビート

彼女とは半年ぶりに再開することになった。


待ち合わせ場所に現れたのは以前と変わらない彼女、ゆずという女の子だった。
小柄で丸顔で童顔だ。
「会えると思ってなかった」
彼女は言った。
「ずっと会いたいと思ってたんだ」
僕が言う。
そして、僕と彼女はパスタを高層階の夜景のきれいなレストランで食べた後、エレベーターに向かい、1階まで降り、外に出た。
人通りは平日にしては多く、他人の視線が少し気になった。
僕らはラブホテルに入り、部屋に入るなり、持参してきたギターで弾き語りをした。
黒いソファに座り、僕がストロークをはじめると、彼女はソファのひじ掛け部分に座った。そして、僕の方に身体を寄せてきた。まるで2人でデュエットしているようだった。
そして、こんなにも距離の近い観客は初めてだと思った。
僕が歌い終わると、ベッドに行き、服を着たまま抱き合った。そして見つめ合い、服を脱がせ、ブラジャーをとり、パンティーも脱がせた。
僕は彼女の女性器を優しく撫でて、指を挿れた。
すると、じわじわと濡れてきた。
それからはずっと抱き合ったまま射精まで至った。



「付き合おう」
僕は常談っぽく言った。

彼女は少し迷っているように見えたが、拒絶しているようでもなさそうだった。

「そんな風に言われると意識しちゃう」
少しの沈黙の後、彼女は言った。

意識するとはつまり好きになりかけているということなのだろうか。
彼女のその一言が妙に僕の心をかき乱した。

「大好き」
僕は彼女の目を見て言った。

「今日から意識しちゃう。そういう風に言われたら。言葉にしなきゃ分からないからね」
彼女はまた同じようなことを言った。


僕はイエスかノーの二択を想定していた。しかし、彼女はイエスとも、ノーとも判断しかねるような回答をした。だから、僕は混乱した。それはどういうことなのだろうか、と。
「意識する」とは言い換えれば「好き」だともとれるし、「言葉にしなきゃ分からないからね」とは、つまり、彼女は前から僕のことが気になっていて、僕の気持ちも知りたくて、今日やっと知れたということなのだろうか。
でも、それならばなぜ、はっきり「私も好き」だとは言わないのだろうか。まだ、そこまでの領域には達していないということなのだろうか。それとも僕が断られた時の予防線を張るために常談っぽく言ったからなのだろうか。

暖かくて獣の匂いが漂うベッドのシーツには陰毛が1本と小さなシミがあった。
僕はそれをただ、ぼんやりと眺めて余韻に浸っていた。


「この先、付き合うことになるかな?」
僕は彼女の顔色を伺うように言った。


「うん」
彼女はそう答えた。


もしかすると、彼女には今、付き合っている恋人がいて、だから、建前上はイエスと言えないのかもしれない。でも、今の恋人を振った後であれば、すぐに僕に乗り換えられる。
だから、そのような言い方をしたのだろうか。


それとも、彼女に恋人などいないが、僕から彼女への本気度が伝わらず、まだ、数回しか会っていないことも相まって、もっと僕の内面を知りたい、熱意を確かめたいということなのだろうか。
僕のことを本気で考えているからこそ、同じように「本気」を見たいのだろうか。



僕はもう一度彼女を抱きしめた。
髪がつやつやで手入れが行き届いている。
彼女は空気の澄んだ草原のゆりかごで昼寝をするように僕の肩に身を寄せた。


十分な余韻に浸った後、服を着て、ハンガーにかけてあった僕の黒のジャケットを彼女が取り出すなり「このジャケット暖かそうでいいね」と微笑んだ。


僕はジャケットの防寒云々より、彼女の心境の方が気になっていた。

そして、ジャケットを着て、玄関のドアまで行き、開けようとすると、彼女はまた念を押すように「今日から意識しちゃうからね」と言った。
これを僕には、「私も本当は好きと言いたいよ」という風に聞こえた。だが、今は彼女自身、何らかの事情があるのかもしれない。
そして僕の気持ちが今日分かったから、それをしっかり受け取ったよという風にも聞こえた。
いずれにせよ、「意識するからね」という一言がずっと頭から離れなかった。


それから僕らは二人、手をつなぎ、ラブホテルを出て、別れた。
寒さは気にならなかった。むしろお祭りのような暖かささえ感じられた。

ところで、今日の昼過ぎ、つまり、彼女と会う前にギターの弦が1本切れていたからヤマハの楽器屋さんに向かった。
パッケージングされた複数の弦が店頭に並んでおり、どれにすればいいか迷った僕は店員さんに尋ねた。マスクをしていて、パソコンの画面をずっと見ていたから話しかけてほしくなさそうに見えたが、いざ話しかけると、その男の店頭さんは丁寧に説明してくれた。
「こちらの弦は少し暖かくてしっとりとした音が出ます。そしてこちらの弦は、少しハードな感じがします」
そのように説明を受けていると、その店員はぶら下がったままの青色にパッケージングされた弦を見つめ、手で触った。ずっと見つめ、時間が止まっているかのようだった。
どうやら、これをおすすめしたいようだ。だが、僕の視線の先にあったのはそれとは違う種類の弦だった。
でも、店員さんが熱心にすすめてくる内にそちらに目がいくようになった。
結果的に、その弦を購入した。
もし、その店員さんが、すすめてこなければ購入していなかっただろう。
それに弦に対するこだわりもさほどなかった。強いて言えば、僕のギターを美しい音色に変えてくれるような弦を求めていた。
そして、店員さんかプッシュするのだがらいいのだろうと思った。



こうして自宅に戻り、弦を取り付けた訳だが、試しに弾いてみるといい音がした。そして彼女のために弾き語る曲を決めて、その歌詞とコードを紙に書いた。
実際に弾き語ってみると、前からカラオケでよく歌っていたこともあり、すんなりと自分の身体に落とし込むことができた。
その時、気分がよくなって、その状態のまま、彼女との待ち合わせの時間が来たのだ。
そして、食事をして、ラブホテルで弾き語ると、彼女はとても喜んでいた。
しかし、僕はこの時、緊張からコードを押さえて歌詞を書いた紙を見るのに必死で彼女のことを気に留めていなかった。
そして弾き終り、彼女の方を見ると、「この曲知ってる」と言って、その歌詞が書かれた紙を手に取り、興味深そうに眺めていた。
それがとても嬉しかった。