0.02%の金持ちになるには

大半の庶民と何が違うのか

タワマン身勝手男たち3

「もしケアをしなかった場合、このようになります。かなり濃いですよね。
でも月々これだけで無理なく通っていただけるので、そう考えるといかがでしょう?」

「そうですね」

「1年と2年のコースがあります。月々の支払いは頭金によって変わってきますが…」


ダブルバインド


心の中でそうつぶやいていた。
ここは脱毛サロンだ。
今、カウンセリングルームと称した小さな仕切りのある空間でスタッフの男に契約を迫られている。
退行期にある毛根にアプローチしても意味がないから間隔を空けて施術しないといけないとか美肌効果も見込めるとか言っている。
営業トークはなかなかのものだ。そして彼の薬指におそらくは結婚指輪が光っているから年齢は30代ぐらいだろう。
だが、彼の脳内に刷り込まれているマニュアルが見えてしまってどこか響かない。
彼は基本に忠実すぎる。
人間とはそれほど単純な生き物ではない。





そして、彼には焦りのようなものも見え隠れしていた。見えない汗が輪郭に沿って滴り落ちている。そして、その汗は薬指まで到達しそうなほどだった。
きっとやくざみたいな経営者が契約を必ず結ばせろと脅しているのだとカシオは思った。


彼は何としてでも契約を取りたいようだ。
ここにあるのは契約目的のためだけのコミュニケーションであって、そこに人情はない。
そんなコミュニケーションならいらないとカシオは考えた。
そして彼の薬指にはめてある指輪の重みをそれとなく感じ取ろうとしていた。


きっと恋愛でも同じことが言えるのではないか。その指輪を眺めながらカシオは思った。
どんなワードを並べたってそれがヤルためだけの目的ならきっと響かないだろうと。
また、どんな高度なコミュニケーション能力があったって相手がその裏に下心を感じ取ってしまった時点で、もはやそれは意味をなさないだろうと。



あご周りにざらざらした髭の感触を自分の手を通して感じ取ったカシオは女性に触れる時も車のハンドルを握る時も同じようなものだと思った。



美容サロン経営を手がける金田という男がカシオと同じタワーマンションに住んでいると分かったのはそれからしばらくしてからのことだった。
彼はバラエティー番組に出演し、愛車のフェラーリにロレックス、そしてこのタワーマンションを紹介していたのだ。
リビングの映像が映し出された際、カシオの住む部屋の窓から見る景色とほぼ同じものだということが瞬時に分かった。
マスコミが入るあのビルも、遠くの方に見える山脈も、斜め右にあるブリッジも全て見え方が同じだった。
金田は全国展開する脱毛サロンと美容品販売を主にマネジメントしているようだった。
金田自身も肌がつるつるで白かった。





これを観たカシオはもしかしたらと以前訪れた脱毛サロンのホームページを開き、会社情報を確認してみた。
代表取締役に金田繁一とある。
おそらく同一人物だろう。


あんなに爽やかイケメン社長といった感じで社員にも還元する理想の人としてテレビに映っていたのに結局はお金なのかとカシオは揶揄した。本当に人として起業家として爽やかなら従業員があんな風になるわけがないだろうと。
あんな風に契約を急かすようなことはしないはずだ。
きっと金田は従業員をこきつかい、過剰なノルマを課しているのだろう。
本当に従業員が気の毒だ。



地下駐車場に停めてあるクラウンのそばまで着くとスマートフォンのネット回線が途切れた。
いつもは起こらない現象だ。
そして、その前を男女が通りすぎる。
手をつなぎ、エントランスに入っていった。
女性のお尻の形がよかった。
丸く引き締まってキュッとなっている。
男は爽やか風イケメンといったところか。
金田かもしれないとカシオは思った。