0.02%の金持ちになるには

大半の庶民と何が違うのか

美女と同期する

スマホが重たくなっていくのを自覚したのは今日が初めてではない。
だが、アラビア数字の羅列された意味不明のファイルが勝手にダウンロードされていたり、充電器につなげてもなかなか充電されないなどといった症状は今日が初めてだ。
そして、そんな困惑した表情を李奈は画面をなめまわすような目で観察していた。


バカになったスマホをかばんの中に入れ、隼斗はカラオケに向かった。
部屋に入りKing Gnuの白日を歌う。
隼斗は去年流行った曲を翌年歌う傾向にある。
そのくせ町中華天津飯の出来具合の変化には誰より敏感だ。




李奈はそのカラオケの店員だ。
隼斗とは客対店員の関係に過ぎない。
唯一の接触と言えば、この前、隼斗がカラオケを出る際に李奈が思いきってアンケート記入の協力を求めることを口実に声をかけたことだ。そして、隼斗が部屋で飲んでいた水の入ったコップのふちに口づけをしたことぐらいだ。もちろん清掃の時だ。




李奈が隼斗に恋した理由はとても単純なものだった。
部屋の清掃をしている時、隣の部屋から甘くて切なくて愛おしい歌声が聞こえてきたのだ。しかも自分の応援しているアーティストの曲で、さらに、そのアーティストの曲の中でもあまり知られていないカップリング曲をさらりと歌いこなしていたのだ。
もう、どこを拭いているかも分からないほどに酔いしれ、部屋を出た時にさりげなくその美声が聞こえてくる部屋の中を確認すると若い男がいた。李奈と同世代ぐらいの。
そして、その若い男が初めて見たわけではないことにもすぐ気がついた。
彼はよくカラオケに訪れる常連客だったのだ。
そして李奈はすぐに恋に落ちた。



とは言っても、いきなり告白する勇気もない。
まして李奈と隼斗は店員と客の関係だ。
それに、あれだけ歌が上手くてカッコいい彼なら彼女の1人や2人いるだろう。
できるなら彼の方から声をかけてほしい。




だが、その願いは1ヶ月経っても1年経っても叶わなかった。
何度か偶然を装おって彼とすれ違ってみたけど、彼は目も合わさず、こちらが「ありがとうございます」と言っても軽く頷くように会釈するだけ。
もう、こうなったら私の方から動くしかない。
李奈は1人暮らしのアパートの寝室から彼のスマホをハッキングした。
これまでの接客で彼の電話番号やメールアドレスなどの情報は記録してある。
それをもとに李奈は自分のパソコンから彼のスマホを乗っ取った。




まず、見えたのは白い天井。
そこから右に視線をずらすと電気が付いているのが分かる。
彼の部屋だろう。
音声はとくにない。
かろうじて車の走行音やチクタクチクタクと時計の針の動く音がした。
李奈はここで一呼吸置いた。そして考えを巡らせた。ここは彼の実家だろうか、それとも1人暮らしの部屋だろうか。これらの情報だけでは全くもって見当がつかない。
ただ、李奈のパソコン画面は彼のスマホのカメラレンズから情報を得ているため、それ以上の情報が得られない。今のところ、おそらくスマホがうつ伏せになってベッドか棚の上に放置されている状況だろう。
李奈は手から変な汗を流しながらその行方を凝視していた。
もし、ここに女が現れたら正気でいられるだろうか。
そしてセックスでも始めようものなら。
私の前でそんなことしようものなら…





「いつもより3倍、4倍増しで拭いといて」
平日の昼下がり、店長から指示が飛ぶ。
李奈の通う大学は完全オンラインでその代わりに平日にもアルバイトに入れていた。
今日は来ないかな。
そんなわくわくが身体を軽くさせた。





アパートに戻り、米を1合硬めで炊く。
そして、フライパンに油をひろげ、卵を投入する。
炊き上がった米をそこに入れ、素早く炒める。
卵チャーハンの出来上がりだ。
塩コショウだけで味が決まるから楽だ。




食後、処方された薬を飲むみたいに、パソコン画面を開く。
彼女のナイトルーティーンだ。
昨日は真っ白な壁が映っていただけだったが、今日はどうだろう。
クリックして画面を開く。
すると、彼の顔面がいっぱいに映し出されていた。
毛穴やひげの剃り残しまで分かるぐらいに。
突然に映し出された大好きな彼に思わず胸が高鳴る。
彼は鼻息を荒くさせ、目も閉じたり開けたりしながらそれこそ正気ではないようだった。
そして時折、歯を食いしばるような表情をして画面にぶつかりそうになっていた。
彼女はすぐに察しがついた。
そして股を広げ、手を添えた。
彼が感じてくれるのがうれしい。





それから10分後、立ち上がったのだろう。彼の全裸が一瞬映り、画面は真っ白な天井を映し出した。
今のところ、女の声は聞こえない。そして女の姿もない。
私は彼を支配できている。
そんな満足感があった。




「アラビア数字なんてよくあることでしょう。…まさか、変なもの観てない?」
母からのLINEは的を射ていた。
何も返せない。
だが、年内にはどうにかしたい。
何せ、撮った覚えのない真っ黒で再生不可能な動画が入っていたりするのだから。





水の入ったコップのふちにキスして何回目だろう。
この水が喉の渇きをとり、美声のエネルギー源となっていると考えると、とても神聖なものに思えた。
そして、歌う時の真剣な表情とは違う彼の喘ぐ姿は何度も何度も私の中で上書きされていく。




「買い換えの時が来たんじゃない?」
母からそんなLINEが来て、返信できずにいる。
彼のスマホには数えきれないほどのアダルト動画のURLが保存されている。
今さら買い換えるなんてそんな億劫なことはできない。





「アラビア数字なんてよくあることでしょう。…まさか、変なもの観てない?」
既読「観てないし」
「買い換えの時が来たんじゃない?」



真っ白な画面に飽きた李奈は彼のLINE画面を開いていた。
私が乗っ取ったために彼は困っている。だけど、私はそれ以上に困っていたのよ。




キレイに剃られたアンダーヘアーもすらりと伸びる白い脚も全部彼のため。
私の二の腕に掴まって激しく腰を動かして。