鍵がかかっている。
解除するにはあらかじめ伝えられた番号を入力しなければならない。
しかし、以前、覚えてきたはずなのに思い出せない。
気晴らしにコンビニで買ってきたパスタを食べる。
着色料、保存料、増粘多糖類、三拍子揃ってます。
「ここで目が覚めた」
山内相馬はコップに入った水を飲みながら言った。
同棲を始めて2年になる有紀はソーシャルディスタンスをとりながら彼の見た夢の続きに迫っていた。
「つまり、鍵の暗証番号が分かればいいってことでしょ?」
有紀が言う。
「そんな単純な話じゃないんだ。問題はその鍵のかかった部屋なんだ」
彼は深刻そうに夢の詳細を語り始めた。
「その鍵のかかった部屋なんだけど、アニメで見るような牢屋みたいになっててさ、そこに有紀がいたんだ」
有紀はおもしろそうといった具合に口角を上げている。
一方で彼は何か言いにくそうな、まるで2週間も排便がされていないような面持ちだ。
「まあ、夢だから話すけど」
彼はそう前置きした上でこう言った。
「有紀の隣に男がいたんだ」
そう言うと有紀はへぇーと言ってわざとらしく笑った。
「その男がね、有紀の身体をなめ回していたんだ。
それが見るに堪えなくて。
もっと驚いたのは有紀がそれを受け入れていたということだ。男の下半身をさすり、キスをしていた。
僕はその牢屋の扉を開けようとしたんだ。でも全然開かなくて、付近をみると液晶の小さな画面があったからその前まで行ったんだ。すると、暗証番号の入力画面があって、これで開けられると思った」
「その時に、以前、4桁の番号を見知らぬ人からメモ書きで手渡されたのを思い出して、ポケットに手をつっこむと、その紙があった。
でも、その紙には「暗証番号4桁を忘れないように」としか書かれていなかった。
それで、もう僕は有紀を助けられないかもしれないと思った。」
「その夢の中では昼食を持ち帰る途中だったみたいで、僕はひとまずお腹を満たそうとコンビニで買ってきたパスタを食べ始めた。
ここで一旦、夢が終わる。
有紀が言った。
「最後の着色料、保存料、、、とか言うのは何?」
彼は笑った。
「ああ、それは僕が頭の中で発した言葉だ。もちろん夢の中で。
そういうことを気にするわりにはいつもコンビニのレンチン食品のお世話になっているんだ」
彼は続けた。
「結局、僕は有紀を助けることもできず、自分のお腹だけが満たされ、そのゴミを牢屋に放り込んでそこを後にした。これが僕が昨晩見た夢だ」
「デンジャラスな夢を見たのね」
有紀は変わらず笑っている。
「これがもし現実だったら、有紀はどっちを選ぶ?」
「そりゃ、相馬にきまってるでしょ?」
ここで注文したカフェオレとガトーショコラが机の上に置かれた。
おしゃれカフェとして雑誌に掲載されたこともある人気店だ。
「僕は自分のお腹を満たすことを最終的には選んだ。
そこに僕は無力さを感じている。
そしてそんな僕を選んでくれる君の思考がよく分からない。
たしかにうれしいんだ。
でも、信じられなくて。
僕のどこがいいの?」
有紀はレモンスカッシュを添えられたレモンの皮をつぶしながら飲んでいた。
完