0.02%の金持ちになるには

大半の庶民と何が違うのか

11の場面が紐解くミステリー小説

あれは昨夜、一人でドライブしていた時のことです。






最後のことづて公衆電話ボックス


situation1 深夜のドライブ

緊急事態宣言が出されていても外出自粛には嫌気が
さしてきた薫は一人で深夜のドライブに出かけていた。
国道をひたすらまっすぐ西へ進む。
都道府県をまたぐ外出を自粛するよう呼び掛けがあるだけに交通量は少ない。
大半は運送用の大型トラックだ。
そのなかには蛇行運転している者もいる。
どうか事故だけは起こさないでほしい。
そんなことを考えながら林で囲まれた道路を走っていると、前方に公衆電話ボックスを見つけた。
薫は驚いた。
民家もなければ人もいない林の中にぽつんと設置されていたからだ。
漆黒の暗闇の中に不自然に光る公衆電話ボックス。
人間が設置し、管理しているとは思えないものだったが、妙にきれいなのである。
使われていないわけではなさそうだった。
薫は車を停め、その公衆電話ボックスに近づいてみた。
いたって普通の公衆電話だ。
試しにかけてみる。
10円玉を2枚ぐらい入れただろうか。
でも、10円玉はおつりの所に戻ってくる。
故障でもしているのか。
その後、10円玉を変えてみたりしながら何度か電話をかけようと試みたが10円玉はおつりの所に戻ってくるだけだった。
「これじゃ使いものにならないな」
薫は車に戻り、ハンドルを握った。




10分ほどたち、林も抜け、街並みが広がっていた。
田舎道ではあるが、その田舎の中では比較的発展しているようだ。
その時、薫のスマートフォンに着信が鳴った。
「こんな時間に電話?緊急か?」
薫はまた車を停め、スマートフォンの着信履歴を確認してみる。
「見慣れない番号だな。」
スマートフォンでその番号を検索した。
すると、検索画面のトップにはなぜか自殺防止相談フリーダイヤルのサイトがひろがっていた。
「一人で悩まずまずはお電話を」
「疲れたときに」
そんな文字が目に入ってくる。
明らかに個人番号のはずなのに、何度、検索しても自殺防止相談フリーダイヤルのサイトに飛ぶのである。



薫は物事をはっきりさせたいしっかり者なところがあり、この深夜にかかってきた電話番号の所在が知りたくなった。
なので、その番号にかけてみることにした。



呼び出し音が3回ぐらい鳴った後、電話に出る音がした。
薫は「もしもし」と言ってみた。
すると若い女性の声がした。
「突然、すみません。私は自殺防止センター会員の加護と申します。たった今ですね、あなたの近くにある林の中で自殺をされた方がおりまして、お電話差し上げました。何か心当たりはありますでしょうか?」

薫は聞き慣れない団体名と彼女の突拍子もない発言に驚いたが、冷静に返答してみる。
「すみませんが、分かりません。」

すると彼女はありがとうございますと言ってすぐに電話を切った。


「さっきの公衆電話の林のことか?」
薫は頭の中で一連の出来事を整理してみた。
でも、その林には人影もなく、音も叫び声もしなかった。


薫は少し寒気を感じながら速度を上げて来た道を引き返した。





situation2 カーセックス


りほとたくやは深夜の林に囲まれた側道に車を停め、ハザードをたきながらもくもくと愛の吐息を燃やしていた。
「たくや」
リアにはスモークが貼ってあるが、それ意外は丸見えだ。
獣の雄叫びとメスの高音が窓ガラスを割りそうである。
たくやの両手はりほの尻の表面を肛門をあらわにさせながら鷲掴みにして、時折、パチン、パチンと叩いて揺らしていた。
りほの尻には十分な脂肪といやらしさが融合し、その突き出し方は、おそらくりほにしか出来ないものであった。
「コンッ、コンッ、コンッ、コンッ、、」


「えっ、何?、、、」
りほが芝居を終えた三流映画の女優のような調子で言った。


たくやは窓の方を見る。

窓の外には体格のいい180㎝はあろう男が立っていた。
たくやは窓を少し開ける。
「何?」
たくやが尋ねる。



「おいっ、テメェ、こんなとこでヤってんじゃねーよ。ボケ」

そう言って男は窓を叩いた。


腹を立てたたくやはボクサーパンツをはき、車外に出る。
「窓叩くのは違うだろうが」


「ウッ、、」

たくやは脇腹をおさえながらうずくまった。
血が道路上に流れ出ている。


「たくやっ、、、」
りほは悲鳴を上げ、硬直状態に陥ってしまった。


たくやの応答はない。

「俺とヤるかたくやの所に行くか、どっちがいい?」

鋭い刃と男の見せる白い歯が同時に光っていた。



situation3 貧困女性

コロナウイルスの影響もあり、風俗の仕事がなくなったあさみは自宅のワンルームスマートフォンの求人サイトを眺めていた。
机の上にはガスや水道、家賃の滞納の書類が山積みになっている。
「あーあ。今さら時給1000円のバイトなんてなー」
あさみは風俗以上に稼げる仕事でないとする気が起きなかった。

「今流行りのテレワーク。簡単なやり取りだけ!」

いつしかそんな怪しげなサイトを開いていた。
「やっぱり私はこういう所にたどりつく宿命なんだ。」


会員登録を済ませると、LINEに早速、仕事の案件がいくつか送られてきた。
「自殺防止センターの電話対応 1回50万円。」

「うそっ!?」

「指定の番号に電話をかけていただき、簡単な用件を伝えてもらいます。」

あさみはスマートフォンをスクロールしていく。

「まず、電話に出られた方に自殺者が出たと伝えてください。そしてそれに関して何か知っていることはないか尋ねてください。それだけで結構です。」



ちょうど欲しかったブランドのバックが50万円だったな。




situation4 深夜のドライブ

薫は妙にすっきりしていた。
さっきの恐怖感から解放されたようだ。
少し窓を開けてみる。
深夜だが心地いい風が吹く。
ガソリンは満タンだ。
トランクに少し大きめの荷物を積んであることを除いてはいたって軽やかだった。
一人なのに孤独というものが一切ない満たされた状態だ。
口角は自然と上がり、瞳孔は開いていた。
まだ夜が空けるには早いようだ。





situation5 りほの姉


私たちはある視点を捉えた。
アパートの一室に簡素なベッドと毛布、目覚まし時計とティッシュが置いてあるだけの暗い部屋。
だが、私たちは夜行性動物のように鮮明な色彩でもってあたりを確認することができる。
そこには丸顔ですらっとした若い女性がまぶたを閉じて眠りについている。
りほの姉だ。
おととい、りほと姉は些細なことで殴り合いの喧嘩をした。
きっかけはりほが姉のフラれた元彼の悪口を言ったことだった。
姉はその彼氏を愛していた。
だが、その愛は結果的には実らなかった。
今でも彼のことが好きである。
そんな彼のことを小馬鹿にしたりほが許せなかった。
「あんたの彼氏にもいずれフラれるよ」
そんな捨て台詞を吐き、姉はアルバイトに出かけた。
姉は眠っている。静かに。そして音も立てずに。
しかし、私たちはある音を聞き逃さずにはいられなくなる。
「ブーッ、ブーッ、ブーッ、」
姉のスマートフォンだ。
私たちの鼓膜が波に揺られる船のように振動している。
どうか気づいてくれ。
そんな思いも虚しく、音は止まった。
それからはまた静かな一人の若い女性の寝顔に視線を注ぐことになるのだった。



situation6 警察

「俺は自殺は他殺だと思って調べている。」
警部補の加藤は腕を組みながらそう言った。

「また、自殺者出たんですよね?あの林で。
ということはまた出ますね。」

「そうだな。2週間以内には必ず出るだろう。
だからパトロールを強化しておけ。」

「了解です。でも、よくあんなところでセックスできますよね?霊がうじゃうじゃいるのに。」

「あー。カーセックスか?ふっ、若気の至りってか?身の程を知らない若僧が多いことよ。
そんなやつらはすべて公然わいせつでパクってしまえ。」

「あっはっはっ」

「とりあえずパトロールに出るか。今日はいつもにましてやる気が出る。場外ホームランも夢じゃない。」


「さすがです。加藤警部補!」



situation7 目撃者


農家を営む桂山一家の主人が女性の悲鳴を聞いて周囲を確認するため懐中電灯を手に持ち、自宅玄関を出たのは深夜2時を過ぎていた。
ただし、桂山一家の主人の腕時計は古く、狂うことがあるから正確ではないかもしれない。
このあたりでは獣がよく出るからその鳴き声を人間の悲鳴と聞き間違えたかもしれない。
ただし、視力だけは衰えることがなかった。
そしてそれが不幸にも主人の穏やかな日常を奪うことになった。

主人のはるか前方にはハザードをたいた乗用車2台と男が1名立っていた。
主人に確認できたのはそれだけである。

しかし、その後、持っていた懐中電灯をそこに向かって照らしたことでショッキングな光景を目の当たりにすることになった。


主人の照らした明かりの向こうには気持ち悪いほど光る長い刃の包丁があった。
それを車の中に向ける男。

主人は自宅に戻り、110当番通報した。




situation8 特殊能力


都心のラブホテル。
メアリート。
0時を過ぎるともれなく宿泊8000円。
アラフォーからアラフィフに変わろうとしていた頃、さやこは60代前半の経営者に抱かれていた。
白髪のダンディーなおじさんである。
扱いが優しく、数々の経験に裏打ちされた確かな腕がそこにはあった。
「経営も、こんな感じで繊細な舵を切ることが要求されるんだよね?」

「そうだよ。こんな感じてね。」

「あっんっ、、、」

「、、、もし、、、舵を切った方向に素直に向かなかったらどうするの?」


「そういう時はここを押してあげるんだ。」

「はぁん」

「君はオカルトには興味があるかい?」

「オ・カ・ル・ト?」

「そう。UFOとか心霊とか。それ以外にも未解決事件とか海外の特殊能力を備えた女性の話とか。」

「あー、それテレビでやってた。
なんか行方不明者を探すやつでしょ?」


「そうそう。よく知ってるじゃん。」


「ここだけの話だけど、実は僕には特殊能力が備わっているんだ。」

「えっ!どんな?」


「その前に君に質問がある。もし、人が殺されたり自殺する瞬間を目の当たりにしたら、君はどのような行動に出る?配信でもいい。さあ、どうする?」


「まず、そんなもの見ないようにするわ。」

「でも、もし見てしまったら?」


「とりあえず警察に通報するかな、、」


「それがまともだな。」

「じゃあ。質問を少し変えてみるぞ。」

「もし、その瞬間を特殊能力でかき消すことができるとしたら君はどうする?」

「そりゃもちろん、かき消すわよ。」

「君は素直だ。そんな素直な君が感じている姿は写真におさめたいほどだよ。」

「社長ったら。」


situation9 遺書


経済的に不安定になり、家族とも上手くいかず、
何もかもがむちゃくちゃになってどうしていいか分からなくなりました。
太陽は毎日昇ります。でも感動はたまにしかありません。
それが最近は一切なくなりました。
疲れました。
どうしようもないですね。さようなら。




situation10 たくやの元カノ



「たくや、今頃どうしているだろう。」

空港のロビーから飛び立つ旅客機に目をやる。
人もまばらで空港独特のざわめきもない。
こんな空港初めてだ。
LINEのアイコンにはおそらくは彼女と写っているのであろうたくやのプリクラ写真がある。
「こんな女なら私の方が可愛いのに」
彼女の目の前を通過していく旅客機はすさまじいエンジン音と共に、はるか上空の彼方へ消えていくようだ。
そしてそれと共に赤い夕日が空を焦がす。
彼女の瞳は潤っていて、場合によってはそれは涙とも言えるものだった。
「たくや以上の王子さまがこの世にいるとは思えない」
私は何をしているんだろう。
そしてこれから何をしたいんだろう。
ロビー内の美しい地上スタッフの搭乗アナウンスが次第に聞き取れなくなっていった。



situation11 ラストチャンス


私たちは、はるか上空の彼方へ消えた無機物である。
上空からは必要に応じて様々な視点をキャッチすることができる。
そしてそれは家屋の屋根をも突き抜け、全てのプライバシーを筒抜け状態にさせる。
ある場所では、新聞配達のおじさんが、ある場所では職務質問を受ける細身の茶髪男が、ある場所では
商業ビルの屋上から飛び降りようとする者が。
様々な光景が私たちの知的好奇心を刺激する。
ただし、それらの対象に向かって話しかけたり行動を制御することはできない。
だから、悲しい場面をどうすることもできずに見届けることも多々ある。
空は次第に明るさを取り戻しつつある。
しかし、その規則的なリズムがいつ崩壊しても何らおかしくはない。
私たちはそう思えるだけの光景を見せられているのだから。