0.02%の金持ちになるには

大半の庶民と何が違うのか

中目黒サイレントセックス2

黒色のBMW320dを都心で転がしていると虚しい気持ちと寂しい気持ちが混在する。何色にも染まらないんだという信念とは裏腹に誰色に染まれるんだろうかという不安。僕は誰かにとっての最愛の人になれるんだろうか。視界を流れていくマンションやテナント、コインランドリー、洋食屋さん。僕はそれらをアクセルペダルの上に足を載せながらスルーしていく。僕の目的地は彼女の膣口とクリトリスだけなんだ。

中目黒のニトリがある交差点の向かい側のマンションが立ち並ぶ付近の路肩に車を停めた。彼女は万全にコンディションを整えて僕を迎え入れてくれるだろう。ハザードを焚き、彼女の住むマンションの1階部分の車置き場に駐車した。

当たり前のようにオートロックが解除され、当然のようにドアを開ける。世間話もそこそこにプレイを始める。彼女はおもちゃみたいだ。僕の性欲を満たしてくれる。何度も何度も彼女のお腹の裏側あたりを突いていると彼女も気持ちよさそうに喘ぐ。おっぱいの谷間に顔面をうずめ、さらに手で揉みながら鼻をすするように匂いを嗅ぐ。強く彼女の身体を抱きしめ、お腹の奥の奥に精液を思いっきり出す。やはり頭が真っ白になってぐらつく。彼女は手をとって僕を立ち上がらせようとしてくれる。ロレックスの腕時計は忘れたら困るからこういう時には着けていかないが、なぜが今日はロレックスにも付いてきてもらいたかった。またねと彼女は言う。仕事忙しくなるよねと付け加えて僕がうんと言うと途端に彼女は寂しそうに来てねと言う。割り切った関係だと分かっていても女はだいたい落ちかける。心のどこかで本命になりたいと考えているのだろうか。

すっきりした僕は身体が軽くなり320dで首都高を走りたくなってエンジンをかけた。

 

 

 

 

 

タワマン身勝手男たち6

平日の夜、カシオはラブホテル街を徘徊していた。
そういう癖がいつの間にか生じていた。
何をするわけでもなく、ただ、ラブホテル街を徘徊しながら、A子とゆかりのことをぼんやりと考えているのだった。
どちらが自分にとって大切な人なのだろうと。
本当はどちらも大切にできたらいいのだが。


そんなことを考えながら運転する車の運転席と助手席の両方の窓を全体の3分の1程度開けて、カタカナや英語表記のカラフルな文字で彩られたラブホテルのネオンに囲まれながら静かに徐行する。
そして一時停止の表示のところでパトカーも感激するぐらいにピタリと確実に停止するとアイドリングストップがかかった。
同時に地獄耳だと自負するカシオの両耳をそのラブホテル街に吹き込む外気に向かって研ぎ澄ませる。
しーんと静まりかえる窓の開いた車内。
都会らしい静寂だ。虫の声も川の流れる音も聞こえないが、地下深くまで張り巡らされているであろうインフラ機構の数々が体内を循環する血液のように忙しく動き回っているのが分かる。そんな音が聞こえてくるのだ。それは地下鉄の線路を車輪が擦れる音であるかもしれないし、どこかの不倫カップルが痕跡を消すため流した今日付けの体液が下水を流れる音かもしれない。それらが何度も繰り返されているのが分かる。環境保全とかエコだとかいう言葉が馬鹿馬鹿しくなるぐらいに。
もちろん、それを地上から目にすることはできないし、普通の人なら聞こえないような音だろうが、カシオの鼓膜には確実に振動を与えていた。






ラブホテルの目の前の一時停止線で確実に停止しているだけと見せかけて、実はその隙にラブホテルの開いている窓などから漏れ出るいやらしい音に車内から耳を澄ましているとラブホテルの従業員なら防犯カメラ越しでもお見通しなのだろう。
身長180㎝ぐらいのプロレスラーのような男と細身のめがねをかけた男性2人組が利用者専用の入り口ではない勝手口のような黒い小さな扉から白いゴミ袋を2つ持って出てきたのだが、こちらを警戒しているのが分かる。
ラブホテルのスタッフだろう。
盗聴されていないかなどを気にしているのだろうか。
おそらく、ゴミ出しはついでで、実際はカシオを観察している。
さっさとゴミ出しして戻ればいいのに、立ち止まったままチラチラとカシオの方を見てきたため、アイドリングから再度、エンジンのかかった車を発進させ、逃げるように左折した。







ラブホテル街を抜けて大通りに入るとアクセルを踏み込んだ。パトカーに追われる盗難車のように疾走し、しばらく走ると海が見えてきてアクセルを緩めた。この辺には海底にそびえ立つお城のようなラブホテルがちらほらあるが、どれも古くて汚い印象だ。看板の明かりすら灯っておらず、営業しているのかすら分からないような廃墟みたいなホテルもある。
カシオはハンドルを握る窓の開いた車内から眼球だけを動かして夜の海を眺めていた。
思えばA子とカシオの出した体液もコンドームやティッシュペーパーに受け止められ、包み込まれながら長い下水の道を潜り抜け、果ては大海原という1つの着地点に放出された。
それはカシオがA子の体内で出した約1億個もの精子が生存競争を経てたったひとつ、子宮に着床するのと同じように。
終着地点はいつも同じであとは子宮に流すか下水に流すかの違いだけだとカシオは思った。
妊娠を望まないのなら下水へ、妊娠を望むのなら子宮へ。
ところで、ゆかりの子宮へは何回出したことだろう。
子宮の奥の奥まで身体ごと目一杯出した記憶がふとよみがえる。
気持ち良かった。
しかし、今はA子に取って変わっただけの話だ。
ひたすら走らせた愛車を他の新車に乗り換えるように。それは至って普通で健全なサイクルだ。
どこか懐かしくもあり、新鮮にも感じられる夜の海風が車内の空気を循環させ、そんな風を吸い込んだカシオは、再びアクセルを踏み込んだ。






もう、あの男たちもいないだろう。
そう思ってあのラブホテル街に引き返し、また同じように停止線でアイドリングをかけ、窓越しに両耳をラブホテルへと向け、研ぎ澄ませた。
しかし、誰もいない代わりに何も聞こえなかった。
そして、A子の本音もゆかりの想いも何も聞こえてこなかった。ただ、かろうじてさっきの海風がカシオの顔面を微かに吹き抜けたような気がした。


セックスをする時は大きな喘ぎ声を出すものというのはカシオの偏見だ。またはそういう願望を抱いているとも言える。
静かなセックスだってきっとたくさんあるのだろう。
そう思って車を発進させようとした時のことだった。
ふと見上げるとラブホテルの2階部分の4つある客室のたった1つの四角い窓から人の影が揺れ動いて見えたのだ。他の客室は全部暗いのに、そこだけ人影がある。
窓は曇りガラスになっていて内部を詳細に確認することはできないが、明かりがついていて人が動いているのが黒い影のようなもので分かる。
両手を振り上げたり、前にかがんだりする大胆な動きが見て取れた。
裸の女性が台の上などに手をつき、前かがみになって立ち、背後から男性が挿入した女性の丸いお尻を手のひらでパチンパチンと叩いている光景が思い浮かんだ。
それを窓際でやっていると。
そう思いながら見ていると興奮した。
しかし、しばらくするとその部屋の明かりが突如消えた。
そのラブホテルの中で唯一明るかった部屋だ。
その部屋が何事もなかったかのように突然暗くなって死んでしまったようになった。
いや、少なくとも愛し合った後の明かりの消え方ではない。広々としたホール内で行われた最終公演のハッピーエンドに終わるミュージカルが閉幕する時のような照明の名残惜しい感じの消え方ではなかった。あっさり暗くなり、感極まる観客を出入り口まで誘導する補助灯の暖かみのようなものさえそこにはなかった。何の余韻にも浸れない。パッと喧嘩別れでもしたかのようにあっさり消えたのだ。つい数秒前までセックスしていてそんな展開になるのだろうか。
しばらく考えを巡らせたが、冷静になって、清掃の人が行為後の客室をただきれいにしていただけだと考えると少し虚しくなった。






そうして徘徊するラブホテル街も、A子と身体を重ねるときに利用するラブホテルも含め、たいていは同じ表情をしていた。
カラフルでチカチカする建物の脇にいつも横づけしているデリヘル送迎車。
カップル。夫婦。老夫婦、不倫カップル。
ゲイ、レズ、盗聴男、探偵、刑事、浮気された妻、妻の浮気相手を探る夫、パパ活
例外なく、みんなセックスをする。または、そうした行為を捕らえようとしている。
たとえば、ただ突っ立ってるだけの男。スーツ姿でスマホ片手に電話する男。挙げればきりがない。
そしてラブホテル街を徘徊するカシオ。
他からどう見えているのだろうか。
ただの変質者か不審者だろう。



社会で言われているような文化遺産とか有形文化財とか聞こえはいいが、現地に来るのはたいてい暇を持て余した高齢者。
若者のわの字もそこには存在しない。
もし来ているとしてもそれは学校行事などによる強いられたものだ。そして書きたくもない日記やレポートを書かされる。それのどこが文化的なのだろうか。別にそれを悪いと言っているわけではない。
しかし、ラブホテル街は国から文化的価値を認められたわけでもないのに若者から高齢者まで幅広い世代にもれなく愛されていて認知されている場所だ。
そして、それは学校行事のように強いられるものではないし、むしろ皆、何かを求めて積極的にやって来る。
たとえば愛や快楽、情熱、お金、好奇心、本能など。
本来ならばそうした場所が文化的であり価値があると言えるのではないだろうか。
しかし、実際は社会の「恥部」のように扱われている。


もし、カシオがどこかの省の大臣なら、A子とよく利用するホテル仲人というラブホテルが有形文化財「ホテル仲人」になる日もそう遠くはないはずだと思った。






A子とラブホテルでセックスを重ねるごとにA子というより、女性自体が人間ではなく精巧にできたオナホールに見えてしまい、カシオからすれば自分の局部を気持ちよくさせてくれるいち道具でしかなくなっていたような気がしていた。
でも、多くの人はそれを愛とか絆とか結びつきとかいう言葉で包み隠し、偽装し、女性もそれを信じている。
カシオからすれば本当に愛が存在するならセックスなんて必要ないのではないかと思っていた。
いや、どうも愛とセックスを一緒にできないのだ。カシオの恋愛観が歪んでいるのだろうか。
きっとそうだろう。物心ついた時から愛の結晶などという言葉が嫌いなのだから。



快楽が愛ではなくエゴだとして、愛が犠牲を伴った無償のものだとしたら。
いくら相手のことが大切だと口にしても、そこにセックスという快楽を訴求している時点で所詮は自分にとっての脳内報酬を求めているだけに過ぎないと感じてしまい、それこそがまさにエゴではないかと思ってしまう。
愛とは本来そんな生々しいものではなく、もっと清らかで見返りを求めないものでなければ愛とは呼べないとカシオは考えていた。
むしろ、自分に苦痛が伴ってでも相手のために尽くしたいと思えるのが愛ではないかと思っていた。
そう考えると自分に苦痛が伴ってでも尽くしたい相手なんて存在しなかった。でも、自分を犠牲にしてまでカシオに尽くしてくれる女性が欲しいとは感じていた。
結局は自分がかわいいのかもしれない。
そして、そう思いながらラブホテルを出入りし、毎回、ベッドで射精して気持ちよくなる僕をゆかりやA子はどう感じているのだろうかと考えていた。






その日のホテル仲人の受付にも見えないおばさんは座っていた。
こういうところで働く人は少し訳ありな人が多いというイメージがあるが、カシオならむしろ好奇心で一緒に働いてみたいと考えていた。
そこに座っているだけでいろんな男女がやって来るのだから。
部屋の清掃(汚物処理など)はともかく、受付は楽しそうだ。
受付の横にある部屋のパネルはほとんどが埋まっており、その数だけ男女がヤっていると思うとやはり特殊な場所なんだと思った。






A子とエレベーターに乗り込む。
扉が閉まったと同時に抱きしめる。
照れながら笑うA子。
1ヶ月ぶりのデートだ。
扉が開き、部屋の前まで向かっていると女性従業員が早歩きで横を通り過ぎた。全身、黒ずくめで目立たない格好をしているのだが、こちらをちらっと一瞬気にしたのが直感的に分かった。
しかし、部屋に入り、ドアを閉めるとその瞬間にカシオとA子だけのプライベート空間となった。少しほっとした。
まるでホーム中に反響する新幹線の発車ベルの音が扉が閉まると同時に小さくなってミュートされていくように。



メイクされた白いベッドまで行き、また抱きしめた。

「会えると思ってなかった」
A子がそんなことを言った。
カシオとA子の関係は脆く儚いものだとA子自身も分かっていたのかと思っていたが、A子は「もう二度と会えないと思ってた」とさっき言った言葉に「二度と」をつけ加えて言い直した。


「どういうこと?」
二度と会えないとはいくらなんでも大袈裟過ぎる気がする。
二人の関係が儚く脆いものだとしても会うたびに今後は二度と会えないなどとはふつう思わないだろう。
どうしてそんなこと言うのか尋ねるとA子は「DM」とだけ言った。




「DMですごく言ってきて言い合いになったでしょ?」
カシオには全く思い当たるものがなかった。
そもそもA子にそんなDMをしたことがない。
それにA子がどんなSNSを使っているのかすら知らない。




「DMなんてしてないよ」
そう言うとA子はすぐに「なりすましだったのかも」と言った。
どうやらカシオになりすました人間がA子に喧嘩を仕掛けるようなDMをしたというのだ。
そしてA子はカシオだとばかり思いレスをし、その中で激しく言い争ったそうなのだ。
そして、その言い合いがきっかけでA子はカシオに二度と会えないと勘違いしていたようだったのだ。



カシオになりすますような人間なんているのだろうか?
カシオが有名人ならともかく。





カシオはふと考えた。
僕になりすまして得をする人間。
つまり、A子の機嫌を損ねて得をする人間。
つまりは、僕とA子との関係を引き裂こうとしている人間。




「ゆかり」の3文字が一瞬、頭をよぎったが、わざわざそんなことをするほど執着しているとも思えなかったし、現実味が湧かなかった。
それにゆかりも暇ではないだろう。


そして、そんなことを考えていると、カシオは何だか申し訳ない気持ちになって、慰めるようにA子の頭を優しく撫でた。
本当に子猫を撫でているかのようだ。
全体的に小柄で丸くて柔らかい。





カシオの推理はA子の思う壺だと財原美賀子の部下である愛美は思った。
ここはラブホテル仲人の管理人室。
大量に仕入れたコンドームの入った段ボール箱が床の上に1つ、フードの夏フェア用メニュー写真が複数枚机の上に散らばっている。
そしてホテルの出入り口を示す防犯カメラ映像が記録されてはまた記録されていく。
刑事に求められたらいつでも開示するつもりだ。
そして実は各客室の内部を映した映像も画面表示を切り替えれば観ることができる。(これは刑事も知らない。バレたらやばい)
仲人では防犯対策のため、やむを得ず客室内にも防犯カメラを設置することにしたのだ。
もちろん、それを公にはしておらず、カメラ自体も超小型のものなのでまず気づかれないだろう。
そういう説明をオーナーからは受けているが、今まで撮ってきた膨大なセックス映像がどんな形で用いられているのかは不明だ。それに進んで観ることもない。罪悪感も伴う。
オーナーが趣味で観ているのか、販売されているのかも分からない。
少なくとも防犯対策として実際に役に立ったことはあまりないと思う。
だから普段は客室内の映像はモニターに映さず、(データとして記録はされているのだろうが)ホテルの出入り口を示す映像だけを監視している。むしろそれがふつうだ。
しかし、部下である愛美は私のいない隙を狙い、勝手に画面を切り替え、他人のセックスを間近で鑑賞していた。そういう時は注意するのだが、あんまりきつく言って辞められても困るのであまり踏み込んだことはできなかった。
この業界はただでさえ人手不足だから。




「前の時は手を繋ぎながら入って行ってたのにね」

愛美はどうもこの手を繋ぎながら仲人にやって来るカップルのファンらしい。
歳が近い感じだし、親近感が湧くのだろうか。
この前、来た時はずっとこの二人のセックスを最初から最後までモニター越しに釘付けになっていた。まるでサッカーの試合を観戦するかのように。
私はその間はいつも備品の整理をしながら知らんふりをして早く終わらないかと思っていた。
そしてやっと二人がホテルを出ると、愛美が元気よくその客室の清掃に行き、それを済ませた後、ティッシュに包まれた精液入りのコンドームを嬉しそうに今日のお土産に持ち帰るって言いながら戻ってきたこともあった。


当初、この二人(カシオとA子)が恋人繋ぎをしながら何度かホテルに入る映像が愛美の記憶にあったためか、なぜ今回は手を繋いでなかったのか不思議に思ったそうだ。



「でも、そういうことね。彼女、彼の愛を確かめたいんだ」
愛美がにやにやしながら私に言う。
私はこの日もコンドームの発注をしていた。夏場はすぐに在庫が底をつく。そして、愛美はその横で足を組みながらパイプ椅子に座っていた。




「客室の清掃は終わったの?」
発注書に「財原実賀子」と書き終えた後で私は呆れたように言った。



二人が裸で抱擁を交わしているベッドの音声付き映像が管理人室にリアルタイムに流れているままだ。ビートを刻むようにあんあんと。内心、やめてほしいと思っている私のことなどお構い無く、ニコニコしながら愛美が続けた。



「彼女のDMの話は嘘で、彼になりすました架空の人間、、、、彼とA子の仲を阻むような共通の敵を作ることでこの恋を燃え上がらせようと彼女は考えているんだと思う」


ここで一呼吸置くように私の方を見ながらドヤ顔する愛美の推理に多分、揺らぎはないのだろう。


「彼からしたら身に覚えのないことを彼女から言われたら気になるでしょ?そしてそれがなりすましだったらそのなりすました人間に対して腹が立つでしょう?
彼女のことが好きならなおさら」


さらに愛美が続ける。


「彼女はたぶん架空のなりすました人間に対して彼がどれだけ怒りをあらわにしてくれるかを試しているのかも。だって、それがそのまま彼女自身への愛のバロメーターになるから」




「なんでそこまで分かるの?」



そう言うと愛美は突然、険しい顔になった。
そして、こう言った。


「ようは浮気相手だから愛情を確かめにくいんでしょ。だからそんなまわりくどいことで確かめなきゃ不安になってしまう」



愛美が流暢に英語を話すように憶測を展開するのを私は聞き流していたが、「浮気」というワードが耳の中に入り込んだ時、このカップルは浮気なのかと初めて興味が湧いた。しかし、愛美は「女の勘ですよ」とだけ言って、それ以上何も語らず、管理人室から足早に出て行った。
そして、激しく腰を振る男とただ股を開く女の二重奏のような音色が管理人室に未だ響いていた。











偽装ラブホテルという言葉をインターネットで初めて知った。
届け出上はふつうのビジネスホテルなのだが、実体はラブホテルなのだという。
そう言えばビジホかラブホがよく分からないようなホテルが都心で増えているなとは思っていたが
そういうことだったのか。
休憩の料金とかは書いていないが、ビジネスホテルにしてはいやらしい雰囲気が漂っていて、でも、鈍感なおっちゃんサラリーマンならうっかり出張で泊まってしまいそうな、そんなホテルだ。そんなホテルにA子と行った。



その日もまたA子と逢瀬を重ねていた。
前のデートから5日しか空けてないから前の続きをするような感覚だった。前に注入した精子がそろそろ死滅する頃だろうから新しい精子を送り込んでやらなければ。
いつも行くラブホテルだと足がつくかもしれないから気分転換も兼ねてここのホテルに入ろうとA子が直接言ってきたわけではないが、多分、そういう趣旨でここのホテルにしたのだと思う。
縦長で、都心のデザイナーズマンションを思わせるシックな装いだ。ここはビジネスホテルなのだろう。不倫にはもってこいだ。
そして、エントランスを抜けるとホテルの女性スタッフがカウンター越しに仕事をしていた。
カシオとA子がカウンター前に来るとその若い女性従業員はにっこりと微笑んだ。
それで少し気恥ずかしくなった。
セックスすることを悟られているかもしれない。
デイユースで料金はラブホテルの休憩と同じぐらい。
手続きを済ませ、カードキーをもらい、逃げるようにエレベーターで部屋のある階までA子と向かった。




「ここだね」とA子が言ってドアを開けた。
室内は狭いが、清潔感があり、置いてある寝具やデスク類などが黒を基調としたものとなっており、高級感が感じられ窮屈に思わない。
それにシャワーはセパレートで広々としている。
全体的にモダンな印象で、築年数も浅いわりには、低価格で良心的だ。



しかし、壁はラブホテルのように頑丈な感じはせず、ビジネスホテルらしい反響があった。
それに隣のゴソゴソとした物音が微かに聞こえ、ここでエッチすると思うとそれはそれで興奮した。初のビジホセックスだ。




しかし、コンドームが1つ置いてあったことからここはビジネスホテルではなくラブホテルなのだろうと悟った。にしてもここがラブホテルだとして受付の人があんな堂々と客と対面するラブホテルは初めてだ。新しいスタイルなのだろうか。ふつうはお互いの顔が見られないようになっていると思うのだが。
不思議な感じがしつつも、前戯を最後に残した単純な仕事を片づけるかのようにあっさり済ませ、すみやかに挿入した。早く挿入したかった。そして気持ちよくなりたかった。
相手が感じていようが感じてなかろうがどうでもいい。ただひたすら腰を振り、自分さえ気持ちよくなれればそれでいいと思っていた。
女なんて所詮、男の性処理のための道具だ。
A子だって量産されたムーブメントの1つに過ぎない。
そんないけないことをたまに思うことがカシオにはあった。そしてそれは自分が不機嫌な時に生じるものだった。
でも、今日のA子はカシオを不機嫌にさせることはなかった。
従順に股を開き、忠実に鳴き、正統に精子を絞り取った。
1時間半で2回も。
ゴミ箱行きのティッシュにくるまれた精液まみれのコンドームが2つもこの部屋にはある。
とても征服感を味わえた。
犯して犯して犯しまくった満足感に包まれた。
そして、少し精液の匂いが充満している室内がいい感じの煮込み料理が出来上がったみたいで嬉しかった。




「2回もしたの初めて」
とA子が興奮したように言う。
そして、カシオが持参した0.03㎜のオカモト製コンドームの箱を見たのも初めてらしい。






コンドームの着け方ひとつとってもゆかりとA子では違うとそのコンドームのパッケージを見ながら思った。
ゆかりは手品師のように気がつけばコンドームを僕の亀頭に被せていてあとは口でそれをくわえながら根元までするりと下ろしていた。
対して、A子はまずコンドームの袋を慎重に開け、それを取り出すとそのゴム部分に向かって息を吹きかける。そして、注意深く、僕の亀頭に乗せるのだが、3回に1回は反対になっていてゴムが下りなかった。そうした時はいつも恥ずかしそうに「あっ、反対だね」とか「ごめん」とか言ってやり直していた。





その一方で、A子とのセックスは回数を重ねるごとに気持ちよくなり一体感も増していた。
射精直前はベッドが大きく揺れるぐらいに激しく腰を振り、A子の身体とカシオの身体がぴたりと隙間一つなくハマっているのが分かる。それ自体が一つの生き物になっているかのようだ。それぐらい密着している。そして、そのまま二人の身体はシーツの上で大きく揺れ、射精時には声帯以外の器官から大きな声が出るような感じがして同時に意識が遠のいていくのが分かった。
そして完全に意識が遠のいた後は自分がどんな声を出していてどんな格好になっていて、相手はどんな表情で受け止めているのかすら分からない無茶苦茶な状態になっていた。
頭が真っ白になっていた。
それがおそらく2~3秒あって、その後に自分の固い陰茎がドクドク収縮しているのが感じ取れ、やがてそれも収まり、最後の1滴まで漏らさずA子の中で出し切ろうという思いを持ちながら、全部奥の方に突っ込んで出し切った後、果てた性器をゆっくり抜き出していた。
ほとんど本能によって操られている感覚だ。
そして、最後にはいつも精液に包まれたコンドームをA子がゆっくり外してくれた。
その外し方さえ、ゆかりの方がスムーズだった気がする。




行為が終わった後、A子が脱ぎ捨てた下着や洋服を着る時にA子の裸の身体をベッドから眺めているのだが、お腹にはぜい肉が少し付いており、脚もすらりと長くなく、ゆかりとは真逆だ。
A子は甘いものが大好きで、ゆかりはジムの話ばかりするのもこの結果として表れているのだろうか。


スタイルで言ったらゆかりの方がいいし、毎回気持ちよくセックスするという上での安定感もゆかりの方が上回っている。





でも、ゆかりは完璧すぎるのかもしれない。
だから、いずれ刺激が足りなくなり飽きてしまう。
対して、A子はまだまだ不完全だから会うたびに新しい発見があるし、A子が成長するのを見るのも楽しい。毎回、刺激的なのだ。
そして、足りない部分、欠点さえも愛しく感じられる。不思議なことなのだが。







そう言えば、父が「ドイツ車は完璧すぎる」と言っていたのはまさにドイツ車の唯一の欠点であったのだろう。
完璧すぎることが欠点になる。
ドイツ車に乗り続けてきた父が言ったその一言が恋愛にも当てはまる気がしていた。



きっと、恥じらいや刺激や初々しさは不完全なものから滲み出るのだろう。
カシオはそうした不完全なものから滲み出る蜜を欲していたのかもしれない。




「ドイツ車は完璧すぎる」






カシオは決して不完全なものを欲していたわけではない。
ただ、足りない部分も補い合えるような相手がそばにいてほしかった。

タワマン身勝手男たち5

自分の目をつけた女性に限って男が群がる原理は自分の場合だけなのだろうか?
自分の目をつけた女性が男たちにとって、とても価値あるようにみえるのだろうか。
めったに口説かないあいつがアプローチする女性。
きっとすごいに違いない。
早く奪ってしまえ。


いつだって僕と彼女は広告塔だ。
その広告を見て気に入った男が寄って来て彼女という商品を購入する。
あんなイケメンが身につけていた女を自分も現実に手にすることができる。
自由にすればいい。


その日起こった出来事や過去に見たものなどが組み合わせって夢に出てくることはよくある。
ゆかりからの突然のラインに週刊誌の写真と金田繁一の名があったのはただの夢だった。
そして、僕が狙う女性ばかりを男が横取りしていくのも。
それら全て夢だ。
目が覚めて気がついた。
自分が意識してたから夢に出たのだろう。
カシオはひとまず冷蔵庫に冷やしてあったミネラルウォーターを喉に流した。
ラインひとつ来てやしない。


あれは週末の深夜のことだった。


あの日は挿入した時に引っ掛かりを感じて少し痛かった。だからコンドームを被せた時に陰毛が絡まってしまったのかと思っていたが、ピストンを続ける内にその違和感は消失し、彼女の陰部に馴染むようになっていた。
カチカチに固まった冷凍の海老が熱を帯びた台の上で柔らかくなっていくように固まって閉ざされていた彼女の陰部は次第に湿り気を帯び、柔軟性も増し、僕を優しく包み込んでくれていた。
そして僕は彼女の柔らかい裸を両手で包み込んだ。下半身も上半身も全てが隙間ひとつなく密着していてほどよい熱を漂わせている。
分子と分子が結合して新しい物質に変わるように僕と彼女という二者はセックスによって一心同体となり、上下左右に揺れながら心臓まで繋がっているかのような錯覚を覚えた。
正常位という彼女が受け身の体位なのに僕が陰茎から流す体液を積極的に身体全体で絞り出そうとしているのが感覚的に分かる。
押したり引いたりする動きをする時にガムシロップのような液をまとわせ、時に放ちながら奥の奥まで引き寄せられ吸い込まれるのだ。
深夜0時の揺れるベッドに漂うじんわりしたものがそろそろ終末を迎えようだなんて。






彼女の名前はゆかり。
相手の男性はカシオと言うらしい。
どうも、この2人のもとに私は産まれる予定らしい。
髭もじゃでほうれい線がみずみずしさとは疎遠になったのを線で書き写したような表情をしたじいさんが緑の細長い杖を持ちながら私たちの世話をしてくれているけど、みな、躊躇なく並べられた真っ黒な深くて丸いマンホールのような穴に身体ごと入っていく。
じいさんはそんなマンホールを覗きながら、行ってらっしゃいとでも言わんばかりだ。
私は悩んでいた。
じいさんは食べるのには困らない程度の生活ができると言うけれど、そんな世界って今より幸せなのだろうか。
そして、じいさんは私たちの前世を知っていて、前世で悪いことをした人には強制的に不幸な来世を歩ませ、前世でいい行いをした人には来世ではもっと幸せな人生を送らせるようにするらしい。ちにみに今、そそくさと穴に頭から突っ込んで行った丸坊主の小柄なきつね顔の男の子は前世で悪事を働いたからあの穴の向こうにはその代償が待ち受けているそうだ。そういう権限がじいさんにはあるのだという。もちろん、男の子はそんなこと知るよしもない。じいさんはなぜ私にだけそうしたことを教えてくれるのだろうか。それも分からない。いずれにせよ、私たちは何かしらのアクションを起こさなければならない。ただ、じいさんの所でのんびり過ごすのもありだとじいさんは笑う。その際、さらにほうれい線が深く刻み込まれる。
食べるのに困らないということは前世で平凡な人生だったということなのだろうか?
少なくともあの男の子よりはずいぶんとましだ。
それにしても母親になるであろうゆかりの顔があまり気に入らない。
性的アピールのための白い処理された脇に梅干しの種のような乳首。彼女のみずみずしさは今が頂点で、どうせ私が産道を通過する頃には梅干しの実のごとくしぼんで水分も抜けているのだろう。
そして、カシオの少し気取ったような言動も気になる。
言動とは言っても彼の心の中の言動だ。表には出ない彼の裏の思想だ。
どうやらカシオという男は実力を過信しているらしい。
持っている時計のブランドで他者を判断する性格のようだ。
このような性格なら、きっと近所の平凡な家庭を何かにつけて見下すような薄っぺらい家族になるに違いない。それは健全な競争とは程遠い歪んだものとなるだろう。
そしてカシオは女癖が悪く、ゆかりはお金のことしか頭にないのも気にかかる。
どこからどこまで品がないのだろう。
こんな家庭に産まれて食べるのに困らなくても果たして本当の意味で幸せになれるのだろうか。






射精して抱き合うだけ。
愛しい気持ちはある。
でも、それはセックスありきかもしれない。
もちろん、これは他の女を抱いてる時だって同じだろう。
そもそも女なんてみんな似たりよったりで個性的な奴はたいてい変な奴にしか見えない。
みんな男受けするようなメイクとファッションとスタイルで男を捕まえるだけ。
なんの面白みもない。
求められている形はだいたい決まっている。
不幸な者はそこから少しパーツがずれているだけかそもそも市場に流通しない粗悪品だけだ。整形でも何でもしたら簡単に変われる。きっと。
それに、だいたい女を抱けば抱くほどみんな同じように見えてきてつまらなくなるのだ。
多分、セックスに個性なんていらないのだろう。
多様性の社会にして求められるのは誰もが抱きたくなるような普遍性。
それは馬鹿らしくて皮肉な話だと思う。






ゆかりには飽きた。
僕はA子を抱いている時に何となくそう思った。
もう潮時だ。
ゆかりもどこか冷めた目で僕に接している。
あまり目を合わせてくれないし、笑顔も明らかに減っている。
ただ、皮肉なことにスポーツとしてのセックスという観点から考えればゆかりとの連携プレーは他の追随を許さないものとなってきているように感じていた。それは単に2年という歳月がそうさせただけではない。
僕らはもはや「セックス」という種目を会うたびにこなしているだけのカップルとなったのだ。
最大の性的快感を1回戦序盤で狙うことができる。オリンピックに出場するわけでもないのにハイスコアを毎回叩き出せるのだ。
それぐらい僕らは性的快感に対する向上心があったに違いない。







セックスをすればするほど飽きてくるのが男なら、セックスしか求めてこない男に呆れてくるのが女というものか。
女としては早くオリンピックという人生最大の行事に出場したいということなのだろう。
練習試合ばかりではいずれにせよ飽きがくる。
それは僕も同じだった。






A子には恥じらいがあって、それが僕を興奮させた。
行為の後、スマホを触る彼女の後ろから身体のわりに大きなお尻を触ると「もぉーっ」てやたら語尾を伸ばしながら嬉しそうに恥じらう。
それが可愛い。
そして彼女は母性本能が強かった。
僕が「ずっと会いたかった」って言いながら抱きつくと「可愛い」って幼稚園児に接するようなトーンでよしよしと背中を撫でてくる。まるで本当に幼少期の自分に戻ったようになる。
このようにA子は僕をとても可愛がってくれた。
一方で、ゆかりは常に愛情に飢えているようだった。







そして、A子の性器はとてもおもしろかった。
中に入って動かしているとざらざらしたものに当たる感覚を覚える。
しかし、それが気持ちいいかと言われればそうでもない。
気持ちいいと言うよりは飽きない性器のような気がした。
まだ開発されていない発展途上国のようなもの。
対して、ゆかりの性器はきちんと開発されていていつの日も安心感があった。
僕にぴったりフィットして優しく包み込んでくれるようなものだった。
そしてA子の性器はまだ僕の性器を本当の意味で受け入れられておらず、まだ情報収集の段階にあるようだった。そして伸びしろがある。だからわくわくする。
いきなり膨らんだり濡れたり乾いたり試行錯誤しているのがよく分かった。
どうすれば僕の性器に一番フィットするか。
そんなことを模索している性器に感じられた。
また、僕だってまだA子の体内で冒険中のような気がした。




僕を見つめるA子の力強い瞳はそれだけで僕を興奮させ、愛しい気持ちにさせる。
ベッドの上で女の子座りしながら「したいんでしょ?」って目でじーっと見てくる。これだけ目を合わせ続けてくる女性は他にいなかった。
そして、それがこのままずっと離れたくないという気持ちにさせた。
いつも行くラブホテルまでの道中、僕らは恋人繋ぎをしながらゆっくり歩いた。
意外と恋人繋ぎをしているカップルは少ない。
ましてラブホテルを出た後となればもっと少ない。でも、僕らはラブホテルを出た後も恋人繋ぎをするぐらいラブラブだった。
手と手が繋がれば心も繋がる。
デリヘルの送迎用の車も、カップルもみんな僕らを温かい目で見守ってくれているような気がした。
いや、そう思いたかった。きっと、嫉妬や、やっかみも結局は自分が満たされていないからだ。
他人の幸せを喜べるのはまず自分が幸せでなければならない。それで初めて他人を祝福できる。
少なくとも僕たちがいるラブホテル街にはおおむね幸せな人たちで埋まっているようだった。
または幸せだと思いたい人たちで溢れていた。




A子とのフィーリングの良さはきっと必然だ。
二人を引き寄せた守護霊が宿っている。
ここに何の不満もない。
問題はどのようにゆかりを振るかだった。
自然消滅でいいのか、きちんと会って別れを告げるべきなのか、それとも、このままの状態で時々でも会うのか。



A子と最後までした時に、途端にゆかりに会う必要性を感じなくなってしまった。
そして、ゆかりに足りないのは恥じらいや刺激や初々しさだと気がついた。
そしてA子はその全てを兼ね備えていた。


A子へ

拝啓 LINEの通知音が僕らの行く手を阻むような感触を覚えるけど、君からしてみればそれはただの雑音で気にも留めないだろう。
僕はスマホの電源自体を切っているというのに。




君には何度か好意を伝えた。
「好きだ」と言った。
「付き合おう」と言った。
いろんな場所に行きたいと言った。






その度に少しはにかんだり、にやけたりする君が愛おしかった。





ベッドが上下に揺れている。
そして、君から温かな体温が感じられる。





時折、君は僕のことを強く抱きしめる。
だから僕の身体が君の深みにはまっていく。




でも、何年かして、また同じように「君」を置いていくことになるのかもしれないと今から少し不安でいる。
そして、逆に君がある日突然、僕を置き去りにするのかもしれないとも思ってしまう。
だからゆかりとの関係をどうさせればいいのか分からないでいる。
でも、今はA子を抱く気力しかない。
いくら惰性でも同時に2台も走らせられない。
A子と漕ぐ自転車がどこに向かうのか、パンクせず走らせることができるのかは今のところ分からない。
でも、惰性で来たゆかりとのサイクリングはここで最後かもしれない。
A子の自転車に乗っかってもいいかな?




ゆかりへ

拝啓 …
























はじめは赤の他人で街中ですれ違うことすらなかったかもしれないのに、こうして出会って話をして仲良くなってエッチしてひとつになる。
ここまでするとちょっとした癖や言動までもが相手に似てきて、それが続くと表情や、ぱっと見た印象までもが似てくる。
エッチって体液を出すだけじゃない。
相手の中身を取り入れる行為でもあるのだ。




もう僕にゆかりの面影はなかった。
A子とエッチした瞬間から僕はA子の内面を取り入れてしまった。
逆にA子も僕の一部を吸いとってしまった。
エッチした瞬間から僕はA子の半分になり、A子も僕の半分となった。
僕がいなくてもA子がいれば僕の魂はそこに宿っているし、A子がいなくても僕がいる限りA子の存在はきっとある。






そう考えると、不倫がバレるのは必然なんだと思った。
全然知らない人の一部が宿ってしまっているのだから。
たとえデータを削除しても匂いを消しても、洗濯してもアリバイ工作しても、宿ってしまったものをどうすることもできない。





僕はただただA子の白い肌に触れていた。
そして、その時、ゆかりの表情がフラッシュバックした。

タワマン身勝手男たち4

アイドルがイケメン男性とラブホお泊まり。

この日、打ち合わせを終えたA子はタクシーを事務所前に付け、乗車後、大ターミナル駅付近のラブホテル街で停車。
降車したA子のもとに、ジャニーズ風イケメンの男性が駆け寄り、二人はシックな外装で有名なラブホテルへと消えて行った。



こうした記事が否応なしにカシオのスマホに画像と共に現れる。
別に求めてもないし検索してもいないのに。
そして少なからずその相手男性に嫉妬したり、A子の名を検索してみたりする。


画像に表示されたA子は一目見て可愛いという印象を受けるが、それでは嫉妬の嵐が収まらないので何枚も違うA子の画像を見て少しでも可愛くないと思えるように努める。
そうすると始めに表示された写真はいわゆる奇跡の1枚であって、本当はたいして可愛くない、(それは言い過ぎだが)、世に埋もれる一般的に可愛いと言われる女性以下の存在だと気づく。
つまり、カシオがこれまで寝た一般女性と同レベル以下だと分かる。
そうなると嫉妬の嵐は途端に収まり、雨上がりの休日の青空が覗きだしたような穏やかな安心感に包まれるのだ。




すると不思議なことにA子の裸もだいたい想像できるようになってきて現実味を帯びてくる。
(肌の露出した画像を何枚も見ているからかもしれない。)



そして想像の中で射精しておいてやるのだ。



これでこのA子に関しては制覇した。
それにジャニーズ風イケメンと張り合えるということも分かった。
ここまできてやっと気が済む。



そしてゆかり(彼女)に会いたくなってくるのだけど、実際に会うのは面倒だからこれも今まで蓄積された大量の「生写真」をもとに頭の中でゆかりを愛撫し、アソコを突きまくっている。
彼女は安定の喘ぎをベッド中に響かせ、射精を促す。



「イクよ…」




「…イッて」




射精を終えると彼女に会う理由もなくなる。
次に会うのはまたA子のようなゲスイ女に嫉妬心を刺激された時か、街中でそのような男女を見てしまった時だろう。
他人の恋愛事情によって嫉妬心を刺激されて彼女に会うというプロセスで会いたくないからこうしたものは見ないようにしている。
赤の他人に嫉妬心を刺激されて自分の彼女に会うのではなく、彼女に会いたいから会うという健全なプロセスを辿りたいのだ。





気がつけば彼女が膣からタラタラと精液を流している。
ミックスジュースみたいに小さな白い気泡を作りながら。


そんなことを頭の中で想像してみる。



カシオはこれを今風に遠隔セックスとかインスピレーションセックスとか呼んでいる。
そして遠隔セックスを受講し終えたカシオのスマホのランプが点滅していることに気づいた。
さっきの射精前の心拍数とは似ても似つかない間隔で。



「金田繁一さんという男の人を知っている?」


ゆかりからだった。
そして、添付された画像のURLを開くと、なんとさっきスマホに流れてきたA子のイケメン男性とのラブホお泊まりの記事と同じ写真だった。

タワマン身勝手男たち3

「もしケアをしなかった場合、このようになります。かなり濃いですよね。
でも月々これだけで無理なく通っていただけるので、そう考えるといかがでしょう?」

「そうですね」

「1年と2年のコースがあります。月々の支払いは頭金によって変わってきますが…」


ダブルバインド


心の中でそうつぶやいていた。
ここは脱毛サロンだ。
今、カウンセリングルームと称した小さな仕切りのある空間でスタッフの男に契約を迫られている。
退行期にある毛根にアプローチしても意味がないから間隔を空けて施術しないといけないとか美肌効果も見込めるとか言っている。
営業トークはなかなかのものだ。そして彼の薬指におそらくは結婚指輪が光っているから年齢は30代ぐらいだろう。
だが、彼の脳内に刷り込まれているマニュアルが見えてしまってどこか響かない。
彼は基本に忠実すぎる。
人間とはそれほど単純な生き物ではない。





そして、彼には焦りのようなものも見え隠れしていた。見えない汗が輪郭に沿って滴り落ちている。そして、その汗は薬指まで到達しそうなほどだった。
きっとやくざみたいな経営者が契約を必ず結ばせろと脅しているのだとカシオは思った。


彼は何としてでも契約を取りたいようだ。
ここにあるのは契約目的のためだけのコミュニケーションであって、そこに人情はない。
そんなコミュニケーションならいらないとカシオは考えた。
そして彼の薬指にはめてある指輪の重みをそれとなく感じ取ろうとしていた。


きっと恋愛でも同じことが言えるのではないか。その指輪を眺めながらカシオは思った。
どんなワードを並べたってそれがヤルためだけの目的ならきっと響かないだろうと。
また、どんな高度なコミュニケーション能力があったって相手がその裏に下心を感じ取ってしまった時点で、もはやそれは意味をなさないだろうと。



あご周りにざらざらした髭の感触を自分の手を通して感じ取ったカシオは女性に触れる時も車のハンドルを握る時も同じようなものだと思った。



美容サロン経営を手がける金田という男がカシオと同じタワーマンションに住んでいると分かったのはそれからしばらくしてからのことだった。
彼はバラエティー番組に出演し、愛車のフェラーリにロレックス、そしてこのタワーマンションを紹介していたのだ。
リビングの映像が映し出された際、カシオの住む部屋の窓から見る景色とほぼ同じものだということが瞬時に分かった。
マスコミが入るあのビルも、遠くの方に見える山脈も、斜め右にあるブリッジも全て見え方が同じだった。
金田は全国展開する脱毛サロンと美容品販売を主にマネジメントしているようだった。
金田自身も肌がつるつるで白かった。





これを観たカシオはもしかしたらと以前訪れた脱毛サロンのホームページを開き、会社情報を確認してみた。
代表取締役に金田繁一とある。
おそらく同一人物だろう。


あんなに爽やかイケメン社長といった感じで社員にも還元する理想の人としてテレビに映っていたのに結局はお金なのかとカシオは揶揄した。本当に人として起業家として爽やかなら従業員があんな風になるわけがないだろうと。
あんな風に契約を急かすようなことはしないはずだ。
きっと金田は従業員をこきつかい、過剰なノルマを課しているのだろう。
本当に従業員が気の毒だ。



地下駐車場に停めてあるクラウンのそばまで着くとスマートフォンのネット回線が途切れた。
いつもは起こらない現象だ。
そして、その前を男女が通りすぎる。
手をつなぎ、エントランスに入っていった。
女性のお尻の形がよかった。
丸く引き締まってキュッとなっている。
男は爽やか風イケメンといったところか。
金田かもしれないとカシオは思った。

タワマン身勝手男たち2

一昔前ならイケメンなだけでもてはやされた。
今はどうか。
イケメンなだけでは一歩及ばず状態になってきている。
イケメンな上に資産家とか何か特別な才能がないとモテない。
テレビを見てみればそれがよく分かる。
たとえば最近のJポップは歌が上手いのはもちろん、ビジュアル面でもレベルが上がってきているように感じる。
昔のように歌が上手ければブサメンでもいい、イケメンなら歌が下手でもいいというのは通用しなくなっている。
なぜこのようなことが起きたのかカシオは考えた。
その理由はたったひとつ。
素人のレベルが上がってきているからだ。
「歌ってみた」に代表されるようにネットの普及が誰でも芸能人になれる構造を作った。
そしてネットの批判コメントを真に受ける内に否応なしに本人のレベルが上がっていく。
「もっと痩せたら?」「歌下手じゃない?」
そんなお叱りの言葉をひとつひとつ丁寧に承る内に気がつけば芸能人顔負けのレベルになってしまったというのが本音だろう。
そうなると相対的に芸能人に求められるレベルが上がってくる。
ネット配信勢がアマだとすればテレビ出演勢はプロだ。
プロがアマよりレベルが低ければメンツが立たない。
今の芸能人たちは歌が上手くてイケメンでお芝居もできておもしろくもなければならないのだ。
みんな必死に痩せてボイストレーニングに励んで脱毛して美肌パックをする。
場合によっては美容整形の力も借りながら。
この業界はどこまでレベルが上がっていくのだろうとカシオは窓の外を眺めながらふと考えた。
どこまでいけばみな満足するのだろうと。






さっき駅まで見送った彼女も彼女で体型を維持するのに必死なのかもしれない。
太れば見放されるだろうと。
いや、そんなことはないよ、と言えない自分がいる。
ただでさえマンネリで他の女がたくさん寄ってくるのだから。
蜜蜂が花の蜜に吸い寄せられるように。
カシオはコーンスープをひとくち飲んだ。窓の表面には少し水滴がついている。
空模様はフラれた女性の悲しみみたいだ。
カシオは今のようにモテなかった日々を思い返した。
それは記憶としてそこにあるだけで単なる勘違いだったかもしれないし、今、モテているというのも実は勘違いかもしれない。
ただ、いろんな努力をして今があることは間違いないと思う。
カシオはテレビをつけ、ちょうど今人気のアーティストが歌唱しているのを生で観ることができた。
歌が上手くてイケメンな上に芝居もできる。
なのに彼は失恋ソングを切なげに歌っている。
ただ上手いだけじゃない。声に柔らかさやほどよい抜き加減が感じられ、心が揺さぶられる。
これは芝居ゆずりの歌声なのか。
彼の歌唱が終わり、彼の顔がアップに映された。
肌が白くてきめ細かくフェイスラインがシャープだ。
画面越しだと多少太って見えるというのにこれならば実際はもっと痩せているのだろうか。
そんなことをカシオは思った。
そしてカシオの彼女に心揺さぶる何かが不足していると考えた。

タワマン身勝手男たち

この窓からだと人も車も鉄道も、みなちっぽけに見えてしまう。
ないものねだりな性格は誰に由来したのだろう。その窓を眺めながらカシオはふと思った。
脚のきれいな女性、ぱっちり二重の女性、胸元に思わず目がいきそうになる女性、白くて柔らかそうな二の腕、さすがにタワーマンションの最上階からだと確認できないか。
そして地上にいた時もその全てをひとつひとつ手にしたいと思っていた。
でも、なぜだろう。いざ手にしてみると今度はそれが億劫になってくる。窮屈になってくる。抜け出したくなってしまう。毎日の同じ景色がなんだか物悲しく思えてくる。
ゆかりとセックスをして1ヶ月ぐらい経過した。
ゆかりは僕の手にしたいもの全てを兼ね備えている。だけど、毎日セックスをしていると破局するだろうなとカシオは思った。
だから、あえてセックスの頻度を、つまりは会う回数を減らした。ゆかりがそれをどう思っているかは分からない。分かりたくもない。
その結果がフラれるというものであっても致し方ない。
少なくとも僕の方が窮屈な思いをするのが嫌だった。ゆかりからすればなんて身勝手な男だと思うだろう。でもこちらが尽くしても他の男の影がちらつくことだってあるのだから、お互い様だとカシオは言い聞かせた。
「どんな恋愛でも片方のエネルギーだけが勝ってるんですよ」と和田玖未子は言った。
重量配分で考えた時にちょうど五分五分になっていることがないのだという。うまい具合に釣り合わない。どちらかが多少の我慢や妥協をしている時があると和田玖未子は繰り返した。
自分が不満を抱いている時、相手は不満など抱いていないかもしれないし、自分が幸せだと感じている時、それを相手が同じぐらい共有できているとは限らない。だから、いくら親しくなっても相手を尊重することが大事だと。
和田玖未子は商業ビルの一角で占いをしていてその時に言われたことをカシオは思い出した。
「付き合っている=どちらも幸せ」だと思っていた当時の自分にそのアドバイスは理解できなかった。だから、その時に和田玖未子がひいたカードのイラストの燃え盛る炎と共に焼却された。
でも今になってそれが分かってきた。
自分がその当事者だからだ。
ゆかりと出会った当時は本当に僕はずっと興奮していた。ゆかりのことで頭がいっぱいだった。でも、月日が経過し、燃え盛る僕の炎は徐々に勢いを弱くさせ、今は線香花火のようにかろうじて生存している程度だ。
反対に、ゆかりの僕への想いは日に日に増してきているような気がする。
それは別れ際、ゆかりが次会うことを確認してくるからだ。
でも、次会うのが1週間もしないうちだったら僕はそれを億劫に感じるだろう。
それをうすうす分かってなのか日時を指定してくるようなことはしない。あくまでゆかり自身が空いている日を示してくるだけだ。
でも会うのは1ヶ月先になってしまう。ゆかりがその時に示したいくつかの空いている日など、とっくに過ぎ去っている。
でも1ヶ月ぐらい会わない時間を作らないとゆかりへの想いが湧いてこないのだ。
仮に1週間に1回会ったとしても、それが義務感でのものなら自分自身が辛いし相手も果たしてそれで楽しいのだろうか。
毎日なんてもっての他だろう。
カシオは考えた。
想いが湧いてきて会いたくなった時に会う。そしてセックスをして抱き合う。そしてまた1ヶ月の空白を作る。そして会う。その繰り返しが1番安定するような気がしていた。
1ヶ月ぐらいすれば自然と会いたくなってくるのだから。